第717話 遠い過去を知る者 後編
「……神獣ヘルとは長らく戦ってきたんだろう。それなら、ヘルが持っている力、戦い方……そういうことも知っているんだよな?」
「無論だとも。儂も奴とは幾度となくやりあって来たゆえな」
話題の中心が戦闘関連に切り替わったからか、ガーネットも関心を深めたように見えた。
いや――関心の対象は、ヘルの戦闘能力というよりはむしろ、それを迎え撃つ中で整えられたイーヴァルディの――アガート・ラムの源流の戦いについてなのだろう。
「結論から言おう。ヘルの主な戦力は、自らの能力で操った死体の軍勢だ」
「死体だって? お前が土人形やゴーレムを操るようにか」
「然り。ヘルは他の神獣と比べ、質よりも量をもって圧倒することを主とする神獣であった」
人間の殺戮と文明の破壊を目的とした攻撃であることを考えるなら、死体を操る能力は恐ろしく有用だ。
相手を殺せば殺すほどに自分達の戦力を補充でき、一方的に戦力差を広げ続けられるのだから、これほどに脅威となる能力もそうそうないだろう。
しかもヴェストリが言うには、ちぎれた四肢を繋ぎ直して使い回すだけでなく、他の死体から部品を融通して補うことすら可能であり、物理的な破壊手段で数を減らすことすら困難だったのだ。
「それに対し、我らの対抗策は大きく分けて二つあった。生きておらぬ駒を用いて数で争うか、繋ぎ合わせられぬほどに形を失わせるか」
「――そうか、そういうことだったのか」
ずっと頭の片隅に引っかかっていた些細な疑問が、ヴェストリの説明を受けて瞬く間に消えていく。
第一階層に埋まっていて、魔王戦争では魔王軍によって戦力化されていた無数のゴーレム。
第二迷宮で遭遇した、自我を持たず簡易な構造で量産されていた自律人形。
それらは神獣ヘルの死者の軍勢に対抗するために生み出された、大量生産可能な命を持たない戦力だったのだ。
ひょっとしたら、アガート・ラムの連中が肉体の代用としている高度な人形も、最初はヘルとの戦いを念頭において作られていたものだったのかもしれない。
「カカカ。然り、然り。あれらはヘルと戦うために用意された戦力だった。ヘルが姿を消してからは別の用途に用いておったがな」
「お前の土人形もそうだろう。第二迷宮の人形と同じように、無数の人型人工物による物量と、それらを合体させた巨大な人型……前者はヘルの軍勢を想定していて、後者は別の巨大な神獣を想定していたんじゃないか?」
ヴェストリは俺の指摘を否定せず、言外に肯定するかのように笑った。
こいつの土人形と第二迷宮の人形――両者が酷似していることは当時から気付いていて、どちらか一方がもう一方を模倣した対抗兵器だったのでは、という仮説を立てていた。
しかしどうやら、真相は違ったようだ。
両方とも共通の敵を想定して編み出された迎撃手段であり、それ故に同じ機能を持つに至ったのだ。
「それと、もう一つの対抗手段。こっちもおおよそ察しが付いたぞ」
「オレもだ。さてはドラゴンだな?」
ガーネットが横で声を上げ、俺も頷いて同意を示す。
「ああ、きっとそうだ。死体の残骸を繋ぎ合わせて復活する死者の軍勢に対して、使い回せないほどに破壊することで対抗した……難しいように感じるけど、それは人間がやろうとするからだ」
「焼いて消し炭にしちまえば二度と使えねぇ。貪り食って胃袋ん中で溶かしちまえば回収すらできねぇ。だからテメェらは、第四階層からわざわざでっかい穴をぶち抜いてまで、ドラゴンを地上に解き放つ仕組みを作ったんだ。違うか?」
このダンジョンのドラゴンは、第四階層の神獣が眷属として生み出したものだ。
魔力から生み出された無数のドラゴンの一部は、第四階層から第一階層まで直通の抜け道を――俺達も利用している大穴を通って第一階層に移り住む。
そして第一迷宮こと『奈落の千年回廊』が、ミスリルの壁を損壊させるほどの激しい攻撃に晒されたとき、第一階層の仕掛けが発動し、ドラゴンが『日時計の森』から地上に解き放たれるのだ。
ドラゴンの炎なら人体を消し炭にするのも容易いはずで、腐肉食も肉食動物なら当たり前に行われる。
周囲が山に囲まれているという立地すら、ドラゴンの翼の前では平地も同然。
死者の軍勢にけしかけて死体を処分させるのなら、これ以上に効率的な生物もいないだろう。
「問題は、ドラゴンの死体まで操られたら厄介だっていう点だが……人間以外は対象外なのか、あるいは他の神獣の眷属は操れないのか」
「おそらくはそのどちらかであろうな。儂らもヘルの能力を完全に理解したわけではないゆえ、断言することはできんのだが」
「……まさかここまで、色んな情報が一気に繋がるとはな」
深く息を吸い込み、それからゆっくりと吐き出す。
当初の予定では神獣ヘルの能力を聞き出し、メダリオンを使いこなす助けにできればと思っていたが、実際の収穫は想定外に大きかった。
この一連の情報が今までもたらされなかった理由は、深く考えるまでもない。
魔王軍にとって、神獣ヘルは既に片付いた問題であり、わざわざ解説する必要を微塵も感じない知識に過ぎなかったのだろう。
「さて、老いぼれの知識は役に立ったかな?」
「ああ……大いにな。それにしても、神獣ヘルのメダリオンは手に入っても使いにくそうだ」
「カカカ! 神獣は一筋縄ではいかんぞ。我らも第四階層のドラコーン・パイロスには手を焼かされておるのだ。使うのならば……そうさな、神獣自身の納得を得るのが最も手っ取り早かろうて」
意味深な笑みを残し、ヴェストリが魔法を解除して、仮初の肉体を土埃に戻してしまう。
これ以上は語ることなどないということだろうか。
俺は一連の会話で得られた情報を思い返しながら、ヘルのメダリオンが組み込まれた義肢を見下ろした。
「まったく……やっぱり扱いにくい代物を押し付けられたみたいだな。どうしたものか」




