第715話 灼熱の地下に集う者達
第三階層探索パーティー、即ち陽動部隊の結成集会からしばらくが経った頃。
遂に本命であるの突入部隊も、出発に向けた最終準備に取り掛かった。
航海に喩えるとすれば、後は錨を上げて帆を広げれば出港できるところまで準備を済ませ、もう後戻りはできないところまで駒を進めたのだ。
しかし、陽動部隊のように表立って集会を開くわけにはいかず、集合場所も考えうる限りで最も秘匿性の高い場所――即ち魔王ガンダルフの居城となっていた。
「いよいよですね、ルークさん」
作戦に参加するAランク冒険者の一人、百獣平原のロイが意欲に満ちた様子で話しかけてくる。
魔王軍の拠点は灼熱の第四階層の奥にあるが、結界によって守られているためか気温はさほどでもなく、外套型の耐熱装備のフードを外しても苦痛を感じることはない。
居城の前に集まった冒険者達は、結界の外の暑さ……いや、熱さから開放されたことを喜びながら、しばしの穏やかな時間を過ごしている。
ロイも多分に漏れず、獣の爪の古傷が刻まれた顔を晒し、にこやかな笑みを浮かべていた。
「アガート・ラム……僕としては夜の切り裂き魔の存在が印象深いですね」
「長いこと振り回されてた相手だからな」
かつて王都を騒がせた猟奇連続殺人鬼、夜の切り裂き魔。
その正体はアガート・ラムが地上に送り込んだ、奴らにとって不都合な情報を持っていると思しき人間を殺すための刺客であり、ロイはあの事件の調査にかなり長く拘束されてしまっていた。
ロイにしてみれば、アガート・ラムといえばその印象が強いのだろう。
「ところで、ルークさん。作戦に参加するAランクは、魔王狩りのダスティンとドラゴンスレイヤーのセオドアでしたよね」
「ああ、Aランク三人投入の全力体制だ」
「アガート・ラムは魔王イーヴァルディが起こした組織とのことですから、魔王狩りが参加するのは当然だと思うんですけど……よくドラゴンスレイヤーを動かせましたね。知らぬ存ぜぬを決め込むかと思いましたよ」
ロイの疑問はもっともだ。
セオドアはドラゴン狩り以外に興味を示さないことで有名なAランクであり、他の冒険者も奴が参加すると聞いてかなり驚いていた。
その辺りについて説明しようとしたところ、ちょうどその本人がロイの背後にすたりと降り立った。
「おや、僕の参戦がそんなに不思議かい?」
「うわぁ!? いつの前に!」
「そいつなら、さっき上から落ちてきたぞ」
セオドアの所有スキルの一つは、空中の歩行を可能とするものだ。
恐らく、そのスキルで結界の上を歩いていたが、横着をして正規ルートを無視して結界を突き抜けてきたのだろう。
結界は灼熱の溶岩の湖に偽装されているというのに、平然とそこに飛び込める辺り大した胆力である。
「確かに僕はドラゴンと戦うために冒険者をやっている。他のことには全く興味がないと断言できる。だけどね、狩りというものは狩猟場の手入れも大事なのさ」
「は、はぁ……なるほど……?」
ロイは納得したような、理解しきれていないような様子で、ぼんやりと相槌を打っている。
セオドアが参戦を決めた理由は、本当に本人が言った内容で全てだ。
もしも突入作戦が失敗に終わった場合、アガート・ラムがそのまま大人しくしてくれるとは考えにくい。
手痛い反撃を受けて『元素の方舟』での活動に支障を来すことも考えられるし、最悪の場合、ダンジョン内から駆逐されて手出しできなくなることも充分に有り得る。
セオドアにとっても、その展開は最悪の結末でしかないのだ。
数多くのドラゴンが飛び交う第一階層。
神獣ドラコーン・パイロスなるものによって、ドラゴンが眷属として生み出される第四階層。
それらから締め出される危険を少しでも減らしたければ、取るべき手段は唯一つ。
突入作戦に力を貸して、第三階層攻略戦とアガート・ラムの討伐を成功裏に終わらせることである。
何だかんだで付き合いが長くなってきた俺は、こうしたセオドアの思考も自然に受け止めることができたが、ロイにとってはまだまだ突飛な発想でしかないようだ。
「さて、ルーク卿。話は変わるのだけれど、もう一人のAランクがどこにいるか知らないかい? さっきから探し回っているんだが、全く見当たらないんだ」
「それを聞きに下りてきたのか? ダスティンなら結界の外だ。魔王の居城の前庭なんかにいたら、槍を止められるか怪しいからってな」
「なるほど。彼も難儀な宿痾を抱えているわけだ」
セオドアはさほど興味もなさそうにそう言いうなり、まるで足場があるかのように空中を蹴って上昇していく。
「ありがとう。もう少し外を探してみるとしよう!」
空中を走り去っていくセオドアを見送りながら、ロイが小さな声でぽつりと呟く。
「……魔王狩りは、かつてのパートナーを魔王に殺されたことがきっかけで、魔王を討つことに全てを捧げるようになったんですよね。彼もよく今回の作戦に同意しましたね……」
「討つべき順番を考慮できないようなら、ダスティンはとっくの昔に死んでるよ」
第四階層のどこかで時を待っているであろうダスティンを思い浮かべ、短く息を吐く。
「本音では魔王ガンダルフを殺したくてしょうがないはずだ。けれど、現状で最大の脅威となるのは、魔王イーヴァルディが残した組織のアガート・ラム……あるいは、いるかどうかは分からないが、現代まで生き長らえたイーヴァルディ本人だ」
「だから、今は魔王ガンダルフとの共闘も受け入れる……凄い人ですね」
ロイの率直な感想に、俺も心の底から同意する。
まかり間違ってガーネットに何かあったとしたら、俺は何もかもを擲って、報復だけを考える存在になってしまうかもしれない。
「さてと。ロイ、この場は任せていいか?」
「構いませんけど、何か用事でも?」
前庭に集まった冒険者達の統制をロイに任せ、俺は踵を返して歩き出した。
「ああ。ちょっとばかり、魔王軍の連中に話があるんだ」