第714話 託される想い
その後、俺は集会が終わった後の会場に移動して、一仕事終えたばかりのトラヴィスに声を掛けた。
「お疲れさん。ああいうことをやらせたら、お前はやっぱりAランクでも随一だよな」
「こんなことばかり上達しても、あまり嬉しくはないんだがな」
「将来の役に立つんじゃないか?」
「おいおい、何を言う。まだまだギルドの運営側に回るつもりはないぞ。当分は現役だ」
トラヴィスはそう言ってにやりと笑ってみせた。
その顔を見るだけでも、今回の任務に対するやる気に満ち溢れていることが伝わってくる。
「悪いな、やられ役なんて貧乏クジ引かせちまって」
「気にするな。誰かがやらねばならんなら、率先して請け負うのがAランクの役割というものだ。歴代のAランクもそうしてきたのだから、ようやく俺に順番が回ってきたに過ぎん」
本当、こいつを見ていると心底羨ましくなってくる。
俺が思い浮かべる理想的な冒険者そのままの振る舞いだ。
もしもこんな風に冒険者として生きられたなら――一瞬だけそう思ってしまったが、すぐに否定する。
昔の憧れは確かにそうだったかもしれないが、今はもっと大事なものがあるのだから。
「それにだな、何も侵入してすぐに撤退せねばならんとも限らんだろう」
トラヴィスは口の端を上げて言葉を続けた。
「連中が様子見に徹する可能性もあるし、奥まで引き込んでやろうと企むこともありうるはずだ。想像よりも迎撃が弱いことも考えうる。そういう場合に、あっさり撤退してしまっては陽動にはなるまい」
「まぁ……適度に目立ってくれないと効果は薄いな」
「そういうときは、陽動のために第三階層で派手に活動することになる。探索なり何なりとな。それだけでも充分に満足できるだろうさ」
「……ほんと大した冒険者だよ、お前は」
パーティーリーダーとして与えられた権限の範囲で、作戦の主旨を充分に尊重し、それでいて冒険者としての満足感を充足させる可能性を見出す。
騎士団長の立場から見ても、文句をつける余地が見当たらない。
冒険者パーティーの探索に見せかけて陽動を仕掛ける以上、冒険者らしく行動してもらうのは当然である。
トラヴィスは『やるべきこと』と『やりたいこと』を器用に両立させて、Aランク冒険者にまでのし上がってきたのだと、改めて実感させられてしまう。
「無論、撤退のタイミングは間違わんさ。全力で潰しに来られる前には、素早く引き上げる。そのために、わざわざ船舶の扱いに秀でた騎士を充てがってもらったのだからな」
そう言って豪快に笑うトラヴィス。
こいつの冒険者としての手腕には信頼しか置いていない。
万が一、想定外の事態が起こったとしても、何とか切り抜けて無事に帰還してくれるはずだ。
「……そうだ! うちの騎士といえば、ひょっとしたら俺の弟も船に同乗するかもしれない。判断はユリシーズ卿に任せてるんだが、もしもそうなったら遠慮なく使ってやってくれ」
「おお、あの若者か。なかなか見どころのある奴だったな。もちろん任せてくれ。いい経験を積ませて、無事に帰還させてやるとも」
トラヴィスは俺の肩を力強く叩き、がらんとした集会場を笑いながら出ていこうとする。
しかしそのとき、ガーネットのよく通る声がトラヴィスを呼び止めた。
「ちょい待ち! まだ用事が残ってんだ」
呼び止められたトラヴィスだけでなく、俺までもが驚いて振り返る。
用事なんて何か残っていただろうか――そんな疑問は、ガーネットがレイラの背中を押して前に出す姿を見たことで、一瞬のうちに氷解した。
さすがのトラヴィスも理由を察したようで、戸惑いも露わに後ずさる。
だが俺はすかさずその背後に回り込み、肩を使ってトラヴィスの大柄な体を押し出した。
「あの……トラヴィス、さん。そのですね……お守りを作ってみたのですが……」
「そ、そうか。手先が器用なんだな」
「いえ、全て自力というわけでは……! ノワールさんにも手伝って頂きましたので……でも、アミュレットとしてもちゃんと効果がある……と、思います。ですから……どうかこれを持って行ってください!」
――俺達が事の推移を見守ったのは、レイラがお手製のアミュレットをトラヴィスに手渡すところまでだった。
俺とガーネットはお互いに無言で視線を交わし合い、余計な邪魔者はいない方がいいだろうと意思疎通をして、そのままさり気なく集会場を後にしたのである。
集会場の扉を後ろ手にそっと閉めたところで、ガーネットが短く息を吐いた。
「どうやら、あっちもそれなりに上手く行ってるみてぇだな」
「やっぱり気になるか?」
「別に。こんくらいしてやるのは、顔見知りなら普通だろ」
すげない態度を見せるガーネットだったが、その口元にはうっすらと笑みが浮かんでいる。
レイラと同じく、騎士の家に生を受けた少女として、彼女の恋路には何かしら思うところがあったのかもしれない。
だがその辺りを無理に突き回したら、明らかに俺の方にまで火の粉が飛んできそうだったので、ひとまずは『顔見知りなら普通だ』というガーネットの主張に同調しておくことにする。
「つーか、そんなことより。オレ達はこっからが忙しいんだからな。トラヴィスの野郎が気になるからって、本題の方を蔑ろにするんじゃねぇぞ」
「分かってるって。第四階層からの突入作戦……失敗は許されない本命だな。でも……」
お前とならきっと上手くやれる。
そう思いながらガーネットの瞳を見やると、ガーネットも同じような眼差しで俺を見上げてきていた。
「気合い入れていこうぜ、ルーク」
「ああ、ようやくここまで来たんだ。絶対に成功させるぞ」




