第712話 メダリオンと死の気配
俺とガーネットが執務室に足を踏み入れると、さっそく支部長のフローレンスが笑顔を向けてきた。
「いらっしゃい! ちょうどよかった、他の人からも意見を聞きたかったの」
「まずは何の話をしてるのか教えてくれないか?」
「もちろん。とはいっても、そんなに込み入った話じゃないんだけどね」
フローレンス曰く、冒険者ギルドが気にしているのは、第二階層からの陽動作戦に――表向きにはこちらが本命だが――従事する冒険者の安全対策とのことだった。
この作戦は、白狼騎士団の団員であるユリシーズが召喚する船を用い、第二階層の湖から第三階層へ続く水路を下って、アガート・ラムにあえて撃退される陽動を目的としている。
つまりは敗北前提の作戦であり、ギルドとしても参加者の安全性は念入りに確保しておきたいのだ。
「念入りな安全対策がされているのは知ってるのよ。だけど、できればもう一押し……魔法使いの視点からできることはないか、もう一度意見を聞いてたの」
「研究者気質の魔法使いは、俺達と違う物の見方をするだろうしな」
魔法使い達の方に視線を向けると、ノワールが小さく会釈をしてメリッサが遠慮気味に笑いかけてくる一方で、他の魔法使い達は緊張混じりにこちらへ視線を向けている。
この辺りは冒険者も魔法使いも変わらない反応だ。
だからあまり深くは気にしないことにして、フローレンスの本題の方に意識を傾けることにした。
「意見を聞きたいって言われてもな……俺が魔法について知ってることなんて、ギルド支部ならとっくに把握してる程度の知識だと思うぞ」
そう答えながら、ガーネットの方にちらりと目を向ける。
「オレも似たようなもんだぞ。魔法でああしろこうしろとか助言できねぇんだから、素材の融通とかでサポートするっきゃねぇだろうな」
「だよな。とはいえミスリルは現状でも大盤振る舞いしてるから、今更多少増やしたところで……ん、待てよ」
ふと、ギルドのために貸し出せる希少な素材が、まだ手元に残っていることを思い出す。
これだけの魔法使いがいるのだし、ノワールやアンブローズの助言があれば、上手く使いこなせるかもしれない。
「フローレンス。メダリオンを使ってみるのはどうだ?」
「メダリオン? 魔獣を召喚するの?」
「ちゃんと制御できるなら、それでもいいんだけどな。多分そこまでするのは難しいだろうから、魔獣を喚び出すんじゃなくて、その力だけを借りるんだ。俺も色々と試してみてるところだしな」
手元にあるメダリオンのうち、まだ使い道が定まっていないものが二つある。
第三階層への突入経路を確保する過程で交戦した、二体の魔獣――ダゴンとマザーヒュドラ。
どちらも水に関わり深い魔獣であり、陸地での交戦を想定している俺達には使い方が思い浮かばないものだったが、こういう状況ならむしろ最適だろう。
「使わせてもらえるならありがたいけど……本当に大丈夫なの? 安全性のことじゃなくて、こんなことのために使っていいのか、っていう意味でね?」
「もちろん大丈夫に決まってるだろ。回収したメダリオンを実戦に投入するかどうかは、基本的に白狼騎士団の判断で決めていいと許可されてるんだ。協力相手の冒険者ギルドのために使うなら、誰も文句は言わないさ」
もしも文句を言われるようなら、俺が文句をつけるなり反論するなりして、何としてでも納得させてやる。
冒険者ギルドには危険な役目を担ってもらうのだから、それくらいは当然だろう。
フローレンスとの意見交換を終え、魔法使い達を解散させた後で、俺はノワールをさり気なく呼び止めた。
「……さてと、もう少しいいか?」
「あ、ああ……新装備、の、こと……だろ……?」
ノワールが長い前髪の下で微笑みを浮かべる。
ようやく俺も本題をこなせそうでやっと一安心だ。
「ムスペルのメダリオンを装備に組み込む件、サクラにも同意してもらえたぞ。さっそく取り掛かりたいんだが、作業に回せる時間と体力はありそうか?」
「もちろん、だ……きっと、同意して、くれると……思って、た……」
囁くような声色と、窺いにくい表情の裏に、やる気と好奇心が満ち溢れているのがよく分かる。
「組み、込む、対象……は、ハティと……ムスペル……と……」
「ダゴンかマザーヒュドラのどちらか、あるいは両方だな」
灼熱を喰らう狼、魔獣スコルのメダリオンはガーネットの肉体に。
氷河に閉ざす狼、魔獣ハティのメダリオンは俺の右腕に。
炎の巨人、魔獣ムスペルのメダリオンはサクラの武装に。
水棲の巨怪、魔獣ダゴンと、多頭の毒竜、魔獣マザーヒュドラのメダリオンはユリシーズの船に。
「これまでに入手してきた魔獣のメダリオンはおおよそ使い道が決まったな」
「いよいよ総力戦って気がしてくるぜ! 決行が待ち遠しいな!」
ガーネットがにやりと笑って拳を叩く。
ノワールは微笑を浮かべたままそれを眺めていたが、不意に何かを不安がるような顔をした。
「……そ、その……ルーク。神獣ヘルの、メダリオン、なんだが……」
「あいつならまだ何も反応なしだ。無理に使うのは止めた方がいいだろうな」
「そうじゃ……なくて……その、前に、調べた……結果を……再検討、して、みたんだ。どんな、力が、あるのか……を、中心、に……」
俺は急かすことなく、ノワールの報告を待った。
こんなにも言い淀むということは、きっと好ましい結果ではなかったのだろう。
だが、それなら尚更に聞いておく必要がある。
「……あれは、多分……死霊術か、生ける屍の、生成法と……似て、いる……」
「どっちも黒魔法の領分だな」
「ああ……だから、気付けた、の……かも……」
普段は後ろ暗い魔法を使わないので意識しないが、ノワールの専門は黒魔法だ。
専門家であるノワールが、神獣ヘルのメダリオンから同系統の力を感じたというのなら、それは信じるに値する証言である。
「それなら、ヘルのメダリオンはお前が持っていた方が」
「だ、駄目だっ!」
ノワールが珍しく声を張り上げる。
「……ヘルの、メダリオンは……私の、魔法と、波長が……近すぎる……何か、あったら……抵抗、できない、かも……しれない……」
「アルファズルが俺を器に復活しようとしていたみたいに、だな。分かった、アレは俺が預かっておく。とりあえず、ハティのメダリオンと一緒に義肢の中に仕込んでおこうか」
そうすれば万が一の場合も【修復】や【分解】で対応でき、そもそも異変の発生も『右眼』で検知しやすくなるだろう。
俺はひとまずノワールに別れを告げて、自宅への帰路につきながら、ヘルのメダリオンから死の魔法の気配がしたという事実を、何度も繰り返し頭に思い浮かべたのだった。




