第71話 武器屋仲間と冒険者仲間
――とまぁ、ガーネットにとっておきの武具を作製すると約束したわけだが、まずは商店の仕事をこなすことが優先だ。
サクラには午前中だけ仕事を手伝ってもらい、午後からは俺とガーネット、ノワールとエリカの四人体制。
平常業務に加えて、新人のエリカに仕事を教えながら、試験的に置いてある新製品について来客に説明をする。
ノワールが作ったマジックアイテムは未だに多くの客から「これは何なんだ」と問われ、小型スクロール――東方風の呪符の西方魔法版も強い興味を引いている。
そして、エリカが手土産代わりに持ってきたポーションはあっという間に売り切れてしまい、もっと売って欲しいというリクエストが後を絶たなかった。
「胡桃街道の薬師が作ったのか? そりゃあいい! もっと仕入れてくれよ」
「おやまぁ、ウォールナットのエリカちゃんじゃないの。大きくなったねぇ。家を出たのはいいことだと思うわ」
「いっつも疲労回復のポーションの世話になってるけど、ほんと効くんだよなぁ」
「試しに自分で同じ薬草を調合してみたら腹ぶっ壊したぜ。やっぱりスキル持ちは違うわ」
不思議なことに……あるいは予想通りと言うべきか、エリカの調合したポーションは、グリーンホロウ・タウンの住人からの評判が飛び抜けて良かった。
グリーンホロウ・タウンとウォールナット・タウンは多少の距離があるとはいえ隣町の関係だ。
それぞれの町の出身であるシルヴィアとエリカが友人同士であることからも分かるとおり、二つの町には昔から交流があったのだろう。
「うちの実家は『日時計の森』からも材料を仕入れていてさ。調合した商品はグリーンホロウからも注文が来てたんだよ」
「へぇ、なるほど。家出娘に顧客を奪われるなんざ、横暴な親どもにゃいい薬だな」
エリカが仕事の合間に語る身の上話を、ガーネットはやたらと楽しそうに聞いていた。
しかしガーネットが言うように、エリカの活動が実家にとって苦々しい出来事なのかどうかは、俺達には判断のつかないところだ。
娘の独立を妨害しようとしたら逆にダメージを受けることになったのではなく、町を出てまで夢を追いかける覚悟があるなら、グリーンホロウの顧客は譲ってもいい――そう考えている可能性もゼロではない。
俺も冒険者になった直後なら、こんな仮説は思いつきもしなかっただろう。
だが、年月を重ねて当時の両親の年齢に近付くに連れて、分かりやすく背中を押すだけが親心ではないのではと感じるようになってきた。
「(……やめとこう。そんなこと考えても虚しいだけだ。親心も何も、相手の候補すらいないってのにな……)」
漠然とした考え事を打ち切って視線を上げる。
すると、鼻先が触れ合いそうなくらいの目の前に、横向きに傾いたガーネットの端正な顔があった。
「うおわぁっ!?」
妙な声を上げながら椅子からずり落ちそうになってしまう。
「ぷっ! あはははは! 何だ今の!」
「お前なぁ……」
「悪い悪い。呼んでも返事がねぇから、仕事中に寝てるのかと思ったぜ。そんなことより、面倒そうなお客からご指名が掛かってるぞ」
ガーネットは椅子に座り直そうとした俺の肩を叩き、親指で店の入口の方を指さした。
そこに立っていたのは、呪紋を染め抜かれた布で封じられた二本の魔槍を携えた男――Aランク冒険者のダスティンであった。
「……武器を買いに来たって顔じゃなさそうだな」
「白狼の森のルーク。お前に伝えなければならない事と、問い質さなければならない事がある。営業が終わり次第、春の若葉亭に来てもらいたい」
「この場で済ませられる話じゃないわけだ。で、その用件っていうのは……」
俺は一旦そこで言葉を切り、横目でガーネットに視線を向けてから、ダスティンに向き直って発言を続けた。
「……俺一人で行かなきゃならないことなのか?」
「宿に連れてくる分には何人でも構わないさ。ただし、同席するのは俺とお前とトラヴィスの三人だけだ」
「トラヴィスも?」
獅子の皮を被った大型犬のような男の顔が脳裏を過ぎる。
「ちょうどよかった。俺もトラヴィスに用事があったんだ」
「決まりだな。待っているぞ」
立ち去り際に、ダスティンは会計カウンターの隅で書類仕事をしているノワールに対して、幽鬼のような眼差しで一瞥を投げかけた。
奴の意図は理解できなかったが、ノワールを怯えさせるには充分過ぎたらしく、カウンター裏に屈み込んで姿を隠してしまった。
そしてエリカも、突然のことに困惑を隠しきれていない様子でいた。
「あ、あの人は一体何なんですか?」
「二槍使いのダスティン。黄金牙騎士団の魔王討伐に協力してるAランク冒険者の一人だよ」
「えっ!? そんな人まで来るんだ……」
ダスティンが俺に何を話し、何を聞き出そうとしているのかは分からない。
しかし、決して下らない用事ではないという信頼と、魔王討伐に関わる事柄なのは間違いないという確信はあった。
どちらもダスティンという男の性格からして明らかだ。
奴は昔から大袈裟な振る舞いを好まない。
わざわざ三人だけで話す場を用意した以上、そうしなければならない理由があったのは間違いなかった。
「何にせよ、会ってみないことにはどうしようもないな」
それから俺達は今日一日の営業を何事もなく終わらせて、予定通りに春の若葉亭へと足を運んだ。
同行者は三人全員。
ガーネットはいつものこととして、春の若葉亭に宿泊しているノワールとエリカも、帰宅ついでに俺と一緒に行動している。
「いらっしゃいませ! あ、ルークさん。お話は伺っていますよ。こちらの部屋にどうぞ」
「それじゃ、行ってくる。しばらくその辺で待っていてくれ」
三人を食堂スペースに残し、シルヴィアの案内で一階の奥の部屋に足を運ぶ。
宿泊のための部屋と言うよりは、邪魔をされずに話をするための部屋といった雰囲気だ。
「おう、来たかルーク」
室内で待っていたのはトラヴィス一人だけだった。
二人がけの椅子に腰掛けているのに、空きスペースが一人の半分程度しか残されていないようにも見える。
「呼び出しを掛けた張本人はまだ来てないみたいだな」
「一体どこで何をしているのやら」
「まぁいいか。トラヴィス、一つ頼みたいことがあるんだ」
トラヴィスの向かいの椅子に座り、ダスティンの件とは別の個人的な用件を切り出す。
「可能な限り高品質な武具の廃品を探しているんだ。ギルド経由で仕入れてる奴よりワンランクは上の奴がいい。ミスリルと【合成】させるベースとして使いたいんだが、購入できるルートに心当たりはないか?」
「なんだ、商品の材料の仕入れの話か」
「まぁ、そんなところだよ」
トラヴィスは背もたれに体重を掛けながら顎を撫で、俺の質問への回答を考え始めた。
「ふぅむ……ギルドの下取りに回される廃品以上のランクとなると、流石に心当たりはないな」
「そうか、仕方ない」
「だが新品なら心当たりがある」
そう言って、トラヴィスはにやりと笑った。
「俺のパーティを抜けて鍛冶屋家業を継いだ男が、これまた結構な評判の鍛冶師になっているのだ。他でもないお前の頼みなら喜んで仲介してやるぞ」
「本当か!? ありがたい、頼めるか」
これでガーネットのために作る武具の件も一歩前進である。
店で扱っている商品は、冒険者ギルドが下取りをした武具を買い取ったもの。
際立った高品質のものは滅多になく、より強力な武具を目指すならやはりどうしても物足りなくなってしまう。
「ルークさん、トラヴィスさん。もうひとりの方が到着なさいましたよ」
ちょうどそのとき、扉越しにシルヴィアの声が投げかけられた。




