第708話 神獣のメダリオン
それから俺は、新装備についてのサクラとの意見交換を終え、今日のところはひとまず解散ということにした。
重ねて礼を言うサクラを本部の玄関まで見送り、さっそく設計に取り掛かろうと思ったところで、アンブローズがおもむろに俺の前で足を止めた。
「団長。メダリオンに関して確認しておきたいことがある」
「どうした? 報告は一通り済ませたはずだけど……」
「情報の一部を再確認したい。神獣ヘルのものと思しきメダリオンについてだ」
神獣ヘル――メダリオンを創り出した錬金術師ロキの腹心。
少女の姿をしたその神獣は、ダンジョン『元素の方舟』に攻撃を加える一方で、いずれ復活するであろうアルファズルにロキの真意を伝えようと試みた。
何故ロキがメダリオンを創り出し、それを世界中に解き放って古代魔法文明を滅ぼしたのか。
その真相をアルファズルに伝えるため、ヘルは自分が預かっていたロキの記憶と自身のメダリオンを、『元素の方舟』の第一迷宮――『奈落の千年回廊』に隠蔽し、復活したアルファズルがそれを見つけることに期待を寄せたのだ。
しかし様々な要因が重なりアルファズルが『元素の方舟』で復活を果たすことはなく、代わりに俺がその力の一端を手にすることになった。
――そしてつい最近、ヘルが遠い昔に仕込んでいたこの仕掛けが、俺を対象として発動した。
俺は周囲にいた仲間達を巻き込んで、ロキの記憶を再現した仮想世界に意識を引きずり込まれてしまい、紆余曲折の末にヘルの精神の複製体から様々な情報を与えられた。
このとき入手した情報の一つが、神獣ヘルのメダリオンの隠し場所である。
迷宮に秘匿されていたそれを回収したことで、俺達は六つ目のメダリオンを手に入れるに至ったのだが――
「ヘルのメダリオンの力、未だに引き出せていないという理解で間違いないね」
「ああ、残念ながら。色々試してみたけど、うんともすんとも反応なしだ。精神体の方は俺達を認めてくれたとしても、こっちの本人はまだ納得してないらしい」
「それなら結構。状況自体は望ましくないにせよ、以前の報告から変わらず悪化もしていないのは幸いだ」
アンブローズはヘルのメダリオンの力をモノにできていないことを残念がるでもなく、状況が悪くなっていないことを評価するコメントを寄越してきた。
これも学者らしい判断だと言うべきなのだろうか。
あるいはアンブローズにしてみれば、ヘルのメダリオンの迅速な戦力化など全く考えておらず、慎重に取り扱うべき代物だと認識しているのかもしれない。
無言のままでそんなことを想像していると、まさにアンブローズ自身の口から、後者の考えが的中していたことが語られた。
「ヘルは神獣だ。これまでに交戦してきた敵も、僕達が知らず研究対象としてきた存在も、神獣よりも格下の魔獣でしかない。神獣のメダリオンを操りきれるとも限らない以上、研究の進行よりも慎重に考えるべきことがある」
「……メダリオンを核として、神獣ヘルが復活すること、だな」
「その通り」
アンブローズの表情は布に隠されて伺えないが、声の調子だけでもその本気さは容易に伺えた。
「魔獣スコルの事例を鑑みる限り、魔獣が肉体を再生するには膨大な魔力が必要となる。しかし魔獣ムスペルのように、携行していたメダリオンから容易に出現させられた事例もある」
「恐らくは、外的要因で破壊された肉体を再生成する場合と、メダリオンの機能として出し入れするかの違いだろう……っていうのが、現時点での有力な仮説だったよな」
「ああ、そうだ。もしくはアガート・ラムの側に特異な技術が存在するか、だろうね」
巨大な狼の姿をした魔獣スコルは、第二階層の天井の裏側の空間に寄生して、本来なら天井を発光させるための魔力を吸い上げて肉体を生成しようとしていた。
しかし炎の巨人の姿をした魔獣ムスペルは、アガート・ラムが持ち込んだメダリオンから即座に呼び出され、周囲から大した魔力を吸い上げることなく実体化していた。
両者を矛盾なく説明するなら、過去に失った肉体の再生か、既にある肉体の再実体化で必要な魔力に違いがあると考えるのが妥当だろう。
もしくはアンブローズが言うように、アガート・ラムが膨大な魔力を容易に持ち運べていた、という線もないわけではない。
「ヘルのメダリオンが肉体を再生成するにあたり、一体どの程度の魔力を必要とするのかは未知数だ。不意の覚醒を防ぐ最大限の措置はしてあるにせよ、事は慎重に進めるべきだろう」
「分かってるよ。あいつを甘く見れるような経験はしてないからな。下手をすればアルファズルや魔王ガンダルフ並……それくらいの難物だと思って扱うつもりだ」
恐らくヘルは、複数存在するであろう神獣の中でも、とりわけ創造主ロキに近しい特別な存在だ。
そもそもロキがメダリオンを生み出す前から従っていた人工生命が、ロキの手で後天的に神獣へ作り変えられたというのだから、尋常ならざる代物であることは間違いない。
ロキの腹心――そう表現しても決して大袈裟などではないだろう。
「だが、個人的な……あくまで個人的にな感想を述べるのなら」
不意に、アンブローズの声に少しばかり緩んだ響きが交じる。
「……興味は、大いにある。魔獣ならざる神獣のメダリオン。一体どれだけの力を引き出せるのか。魔獣とは異なる機能が存在するのか。調べ尽くしたいと感じるのは否定できないね」
「やっぱりそうか。俺も同感だ。未知の存在っていうのは心惹かれるよな」
思わず表情を崩して、アンブローズに笑いかける。
相変わらずアンブローズの感情を読み解くことはできなかったが、顔を隠す布の下で表情が緩み、肯定的な感情の籠った吐息が漏れた気配が感じられた。
冒険者も研究者も、好奇心と探究心に突き動かされる職業だ。
誰も見たことがないものを見たい。
誰も知らないことを知りたい。
そう思うからこそ冒険者はダンジョンに挑み、研究者は各々の研究テーマを追い求める。
だから俺は、少なくともその点に関しては、いつもアンブローズにシンパシーのようなものを感じているのだった。
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