第707話 装備強化計画
シルヴィアが淹れてくれたお茶で一息ついた後、俺はサクラとガーネットを連れて、最寄りにある白狼騎士団の本部へと向かった。
本部ではソフィアとマークが船担当のユリシーズと会議をしていたり、戦闘担当のライオネルとチャンドラーが訓練に明け暮れてたが、今回用事があるのはそちらではない。
この建物の中でとりわけ厳重に守られたフロア――研究のために用意された部屋が集まった場所だ。
フロアの廊下に足を踏み入れると、現場の管理責任者であるアンブローズが姿を現し、目の前に立ちふさがるように俺達を呼び止めた。
「何用かな……と、問う必要はなさそうだ。王都から取り寄せたアーティファクトの件だろう」
「ああ。サクラに見せてやりたいから、ちょっと封を解いてくれないか」
アンブローズの格好は相変わらずの異質さだ。
頭から足先まで肌の露出が一切なく、フードを深々と被ったうえで顔を前垂れの布で覆い、長い袖から除く手も分厚い手袋に包まれている。
他の町を歩いていたら銀翼騎士団が黙っていなさそうな容貌だが、ここでは白狼騎士団の一員であると知られているので、仮に町を出歩いていても呼び止められたりはしないはずだ。
もっともアンブローズの性格からして、その辺りを散歩感覚で歩き回ったりはしていないのだろうが。
「了解した。ついてくるといい」
俺達はアンブローズに誘導されてフロアの一室に移動した。
魔法によって気温が制御されたその部屋は、扉を開けるだけで肌寒い空気が溢れ出してきて、思わず身震いせずにはいられなかった。
薄暗い部屋の中央には祭壇のような台座があり、そこには一抱えもある金属の箱が鎮座している。
アンブローズが分厚い手袋に覆われた指先で、箱の表面に設けられた仕掛けを操作すると、隙間から白い冷気を噴き出しながら、金属の箱の蓋がひとりでに開いていった。
「まさか王宮がこいつの実戦投入を許可するとはね。王都籠もりの学者共をよく納得させたものだ」
「この戦いをそれだけ重要視しているってことだろうな。首尾よく進めば古代魔法文明の知識がごっそり手に入るんだ。ぶら下げる餌の量には困らないだろうさ」
「我らが団長殿は国王陛下からの信も篤いからな」
「煽てたって何も出ないぞ」
冷気に満たされた金属の箱に手を入れ、厳重に保管されていたアーティファクトを掴み取り、後ろで待っていたサクラに振り返る。
「こ、これは……!」
サクラは俺の手に握られていたアーティファクトを見るや、驚きに言葉を失って、そのメダル型のアーティファクトと俺の顔を交互に見やった。
「ああ。魔獣ムスペルのメダリオンだ」
魔獣ムスペル――俺達が交戦した四体の魔獣の一つ。
中立都市を襲撃し、管理者フラクシヌスの暗殺を試みたアガート・ラムの潜入部隊が、切り札として投入した炎の巨人。
死闘の末に撃破した後に回収された核のメダリオンは、研究のために王都へ送られて、ずっと俺達の管理下を離れていた。
「研究目的で王都に預けていたものを、アガート・ラムとの戦いに投入するためという名目で返してもらったんだ。全てが終わったらまた預けるっていう約束でな」
「し、しかし……私の装備の強化という話だったのでは……」
「だから、そのためにこいつを使うんだ」
「こんな貴重品を……!? 」
サクラはすっかり困惑した様子で視線を泳がせている。
気持ちも分からないわけじゃないけれど、俺だって思いつきでそんな要請をしたわけじゃなく、きちんとした考えがあっての計画なのだ。
「ヒヒイロカネの刀で炎を増幅するというのが、お前の基本的な戦闘スタイルの一つだろ。その火種に使っているのは【発火】スキルだけど、外部から他の熱や炎を吸収することで威力の増幅もできる。そうだな?」
「え、ええ……まさか、これを新しい装備に使うというのは……」
「俺の義肢にガーネット用のメダリオンを収納しているように、ムスペルのメダリオンを【分解】して装備品に組み込んで、今まで以上の炎を引き出せるようにする。試してみる価値はあると思わないか?」
無言で丸く目を見開くサクラ。
その反応からは、単なる奇想天外なアイディアを聞いた驚きだけでなく、そういう手段があったかという納得にも近いものが感じられた。
「団長殿。こちらからも一ついいかな」
サクラが返答をするよりも先に、アンブローズが横合いから口を挟んでくる。
「ガーネット卿はメダリオンと融合することで、魔獣の力を肉体に取り込むことを切り札にしている。ならばそちらの少女も同じ手段を取ればいいのではないかな」
「メダリオンをバラして組み込むのは反対か?」
「まさか。むしろどんな代物ができるのか興味津々さ。平時なら率先して協力していたとも」
アンブローズは前垂れの布で隠された顔の代わりに、片腕を表情豊かに動かして反対の意思を否定した。
「僕が言っているのは、あえて新機軸の手段を選ぶよりも、既に成功例のある手段を取った方がいいのでは、ということだ。ガーネット卿の肉体が特別というわけではないんだろう?」
「ごもっとも。だけどもちろん理由はある」
さすがの俺も、単なる知的好奇心と創作意欲を満たすためだけに、こんな土壇場で新技術に手を出したりはしない。
「チャンドラーにも『メダリオンを使ってみないか』という提案をしたことがあるんだが、あっさり断られた。どうもあいつは、出身地の神様の力を何らかの手段で身に宿して使っているらしくて、メダリオンとの併用に懸念を感じるんだそうだ」
具体的な手段は門外不出とのことなので、詳しい検証はできなかったが、二種類以上の強大な力を同時に宿すとなると、肉体に限界以上の負担が掛かることは想像に難くない。
こればかりは、サクラやチャンドラーを実験台にして試せない案件だ。
「メダリオンとの一体化と神降ろし……これを同時にやるのはさすがにリスクが大きい。柔軟に使い分けようにも、俺がスキルを発動させる必要があるから、ガーネットみたいに常時行動を共にしていないと難しいだろう」
「だから武装という形に加工し、彼女が単独でも使いこなせるようにすると……そういう意図なら納得だ。団長殿のスキルに頼らない活用の模索には、戦略的な意味も大いにある」
アンブローズは疑問点が解消されたことを認め、一歩下がって矛を収めた。
管理担当者の懸念も解消したことなので、俺は改めてサクラに向き直り、この提案についての是非を問いかけた。
「さて……どうだ、サクラ。もちろん無理に使えとは言わない。馴染んだ装備で臨みたいっていうのも、当然の考えだからな」
「……ルーク殿が是非と仰るなら、断る理由はありません。それに何より……私自身、魔獣とメダリオンの力というものに、前々から強い関心を抱いていましたから」
サクラは真剣な眼差しで口元に笑みを浮かべ、胸元を力強く叩いた。
「ルーク殿。炎の巨人の力、どうか私にお預けください。必ずやご期待に応えてみせましょう」




