第706話 武器屋としての全力を
「私も持ちうる全ての力を注ぎ込まなければ、あの敵には太刀打ちできないでしょう。ですから……総緋緋色金造の刀を含めた全てを、神降ろしの真髄を戦いに投じることをお許し願いたいのです」
その真剣な眼差しに、俺も佇まいを正さずにいられなかった。
サクラは冒険者になる前から腕を磨いてきた剣士として、古代魔法文明の末裔であるアガート・ラムを難敵と見定めた。
俺もアガート・ラムの戦力を甘く見るつもりなどない。
これまでに戦ってきた人形達は、人間社会や中立都市への潜伏を前提とした省機能型であったにもかかわらず、当時の俺達が死力を尽くしてようやく退けることができたほどだ。
魔将ヴェストリが持ち出した強化鎧――とでも呼ぶべき装備の性能も凄まじく、老いさらばえたエルフのヴェストリが、Aランク冒険者の中でも特に戦闘能力に秀でたダスティンと、一対一でも真っ当な勝負を成り立たせていた。
第三階層が奴らの本拠地である以上、あのレベルと同等かそれ以上の戦力で、ある程度の頭数を揃えられていると考えるべきだろう。
更にいえば、第三階層に潜入したサクラ達の報告書を見る限り、奴らは古代魔法文明の技術を色濃く受け継いでいることが伺えた。
現代とは異なる建築技術によって建設された建物の数々。
魔王軍との戦いの痕跡か、あるいは時間経過による劣化か、それなりの数の建物が損壊したまま放置されているようだったが、それでも町としての体裁は保っているとのことだった。
「……もちろん、全力で戦ってくれるなら大歓迎だ。神降ろしを制御する装備も、ナギとメリッサの協力で完成したわけだしな」
「梛に感謝をしなければならないのは、少しだけ癪ですが……私情を理由に強化を拒む訳にはいきません。剣を振るうことこそが私に求められる役割なのですから」
胸に手を置いてそう宣言するサクラ。
ほんの些細な仕草だったが、彼女がその事実に誇りを抱いていることが明確に伝わってくる。
「サクラが全力を出してくれるなら、こんなに心強いことはないとも。全力でサポートさせてくれ」
「ありがとうございます。制御術式だけでなく、総緋緋色金造の刀も帯びることができれば、まさに百人力というもので――」
「ついでに、もっと強くなってみるのはどうだ?」
「――えっ?」
俺が不意打ちで投げかけた提案に、サクラは目を丸くして驚きを露わにした。
「何を驚いてるんだ? 俺の本職、忘れたわけじゃないだろ」
「ルーク殿の……まさか」
「そのまさかだよ。これから第三階層攻略戦に向けた新装備を生産していくつもりだ。いい機会だからサクラの装備もアップグレードしないか?」
「もちろんオレもやらせるけどな」
ガーネットが口の端を上げてニヤリと笑いながら、何やら対抗するかのように口を挟む。
サクラ相手に張り合っても意味がないだろうに。
一体何を競っているんだと、思わず苦笑を浮かべながら、サクラに対しての説明を続ける。
「お前達が第三階層に潜入している間に、こちらでも大きな収穫があった。特にアレクシアとノワールの担当分野でな。本当ならこんな付け焼き刃みたいな真似は避けたいところだが、今回はそうするだけの価値がある大収穫だ」
新装備を設計し、試作品を運用してデータを取り、ブラッシュアップを重ねて完成形へと近付ける――本来ならこの工程を慎重に積むべきだ。
第三階層攻略戦の準備は既に大詰めも近い。
偵察班を現地に忍び込ませての情報収集まで行われているし、王都の方も今更延長などできない程に根回しを進めていることだろう。
本来なら、新技術の反映を攻略戦の開始に間に合わせようとせず、戦いが長期化すれば実戦投入も有り得るかもしれない、という程度に考えておいた方がいい。
だが、今回ばかりは別だ。
何せ手に入れた成果というのは、ロキの記憶を元に神獣ヘルが再現した、古代魔法文明の写し身から得られた知識なのだから。
たとえ急拵えでもやらなければならない。
アガート・ラムとの圧倒的な技術格差を、ほんの少しでも埋めるためにも。
「それとだな、陛下にちょっとばかり無理を言って、サクラの戦闘スタイルをサポートできるかもしれないアーティファクトを貸してもらったんだ」
「何と! アルフレッド国王から……そこまで心を砕いていただいた以上、天地が引っくり返ろうとお断りするわけにはいきません!」
「あんまり大袈裟に捉えなくてもいいぞ。前々から個人的に試してみたかったことがあったから、この機会にやってやろうと思っただけだからさ」
俺も久々に胸が踊っているのは、否定のしようがない真実だ。
騎士団長としてではなく、アルファズルが復活するための器のなり損ないでもなく、武器屋の店主としての新兵器開発。
たまにはこの分野でも全力を出さないと、自分自身の立ち位置を自分でも見失いそうになってしまう。
「第三階層の攻略戦が終わったら、冒険者の装備や戦闘スタイルが激変して、世界が変わる――それくらいの気合を入れて臨むつもりだ。あくまで努力目標だけどな」
「素晴らしいと思います! では早速……!」
「その前に、まずはお茶をどうぞ」
いきり立って立ち上がろうとするサクラの両肩を、シルヴィアが背後から抑え込む。
細腕には殆ど力が入っていないようだったが、サクラはシルヴィアに引き止められたという事実だけで、バツが悪そうに椅子へ座り直した。
「せっかく淹れたんだから、冷めないうちにお茶菓子と一緒にどうぞ」
「す、すまない……焦りすぎたな……」
シルヴィアが笑顔でお茶と菓子をテーブルに並べていく。
今すぐにでも開発に取り掛かりたい気持ちはあるが、シルヴィアの気持ちを無碍にしてでも急ぐ理由はない。
続きはゆっくり一息ついてからということにして、ひとまずシルヴィアのお茶を楽しませてもらうことにしよう。




