第705話 今も変わらぬ少女達
銀翼騎士団との会議も終わり、俺達はグリーンホロウの市街を後にして、それぞれの拠点へと戻ることにした。
マークとソフィアは白狼騎士団本部の建物へ。
俺とガーネットは自宅を兼ねたホワイトウルフ商店へ。
話し合うべきことは山程あるが、ひとまず今は解散して一休みだ。
正面玄関から客で賑わう店内に入ると、常連客が気さくな態度で挨拶を投げかけてきて、見慣れない顔の冒険者が戸惑い顔で視線を向けてくる。
顔馴染みの人々にとって、俺はあくまでの武器屋のルークでしかない。
白狼騎士団の騎士団長だの、それに伴って土地を与えられた領主だのといった要素は後付に過ぎず、俺自身も態度を変えてくれないよう再三に渡って頼んできた。
しかし最近になってやって来た冒険者達にとっては、武器屋の店主をやっている方が趣味に思えてしまい、俺を見ると騎士団長であり領主であると認識してしまうのだろう。
最初はそういう態度で接されるたびに微妙な心境になっていたが、さすがに今はもう慣れてきていた。
「あっ、おかえりなさい、ルークさん」
「お邪魔しています。本日も盛況なようで何よりです」
会計カウンターの方に足を運ぶと、グリーンホロウで一番の顔馴染み――シルヴィアとサクラが笑顔で出迎えてくれた。
この二人は、最初に出会ったときからずっと変わらない態度で接してくれている。
ダンジョンを命からがら抜け出した冒険者崩れだった頃も。
当面の食い扶持稼ぎとして武器屋を始めたときも。
町のためと称して魔王戦争に首を突っ込んでいた時期も。
ガーネットと生きるために騎士団長となる道を選んでからも。
騎士団の予算源として、グリーンホロウと周囲一帯を領地として充てがわれて以降も。
店員や団員を何人も抱え込むようになっていようと、シルヴィアとサクラはずっと変わらないままだ。
こうして普通のやり取りを交わしているだけでも、自然と気持ちが楽になってくる気がする。
「二人揃って店に来るなんて、何だか久し振りな気がするな」
「言われてみれば、そうかもしれませんね」
「ばらばらにお邪魔したり、別の場所でお会いすることはありましたけど、お店の方でというのは、確かに」
シルヴィアとサクラは、ホワイトウルフ商店の店員でもなければ白狼騎士団の団員でもなく、宿屋の春の若葉亭の看板娘とソロ活動の冒険者だ。
お互いの都合が合わなければ揃って顔を合わせることはないし、むしろその距離感が心地良さの素かもしれない。
「店の方はあたし達がやっておきますから、店長達は奥で休んでくださいよ。シルヴィアとサクラも、店先で立ち話なんかしてないでさ」
エリカが気を利かせてそう勧めてくれたので、ここはお言葉に甘えさせてもらうとしよう。
「それじゃ、店の方は頼んだ」
「差し入れはリビングに置いとくから、後で食べてね」
賑わう店先に背を向けて、シルヴィアとサクラを連れて建物の奥、従業員の休憩室を兼ねたリビングに引っ込んでいく。
「お茶の準備しますね。ルークさん達は座っててください」
「ありがとな。ようやく一息つけそうだ」
勧められるままに腰を下ろすと、ガーネットが隣にどっかりと座ってわざとらしく天井を仰いだ。
「ふー……こうも会議続きじゃ、尻と首が痛くなるっての。なぁ、サクラ。気晴らしに後で一戦やらねぇか」
「座りっぱなしだと体が固まってくるからな」
「テメェも体は解しとけよ。もうじき大一番が待ってるっていうのに、体が鈍ってて体力落ちてました、なんざ言い訳にもならねぇぞ」
「はは、返す言葉もない。軽く鍛え直しておかないとな」
テーブルの向かいに着席したサクラが、俺とガーネットのやり取りを眺めてくすりと笑った。
「いいとも、後で刃を交えるとしよう。それと……せっかくですから、ルーク殿もご一緒に如何ですか? 勝敗関係なく打ち合うだけなら問題ないでしょう」
「この流れでその誘いはずるいんじゃないか?」
「観念しやがれ。オレとサクラで思いっきり揉んでやるよ」
断るに断れないタイミングで、サクラからこれ以上ないクリティカルが飛んでくる。
ガーネットもすっかり乗り気になっているようだし、キッチンのシルヴィアの後ろ姿も笑い声を堪えているように見えた。
たまには体を動かさなければという自覚はあるが、いきなりガーネットとサクラを相手に鍛錬させられることになるなんて、さすがに予想外にも程がある。
「……それはそれとして。ルーク殿、次の大仕事のお話をさせて頂いてもよろしいでしょうか」
サクラが軽く呼吸を整えてから、新たな話題を切り出してきた。
恐らくはこれがサクラの本題。
わざわざホワイトウルフ商店を訪ねた理由だ。
「続けてくれ。ついさっき、その件で銀翼騎士団と話し合ってきたところだ」
「ありがとうございます」
さっきまでの程よく緩んだ雰囲気から一変、サクラは真剣そのものな態度で深く頭を下げた。
「御存知の通り、私は第四階層を主な活動場所と定め、Aランク冒険者セオドア・ビューフォートの指揮下において、該当階層の探索と第三階層の情報収集に従事しています」
「活躍は聞いているよ。報告は定期的に上がってきてるし、セオドアからの個人的な書簡もよく届くからな」
現在、サクラは一年余りの活動だけでCランク――五段階のランクの中層まで上り詰め、Aランク率いる重要探索にも関わっている。
まだBランクに昇格していないのは、これ以上のランクアップには単純な強さや探索成果のみならず、後進の育成を始めとするギルドへの貢献を求められるからだ。
戦闘能力だけなら、グリーンホロウに来ているAランク連中に準ずるレベルであることは間違いなく、切り札を使えば一時的には奴らに肩を並べられる程である。
「その過程で、私は一足先に第三階層の光景を目にしました。遠巻きではありますが、都市の様相も観察させていただきました。それを踏まえた上で、率直な考えをお伝えします」
サクラは今一度呼吸を整え、俺をまっすぐに見据えながら言葉を続けた。
「私も持ちうる全ての力を注ぎ込まなければ、あの敵には太刀打ちできないでしょう。ですから……総緋緋色金造の刀を含めた全てを、神降ろしの真髄を戦いに投じることをお許し願いたいのです」




