第704話 新人騎士と新人騎士団長
――それからしばらくして、俺は銀翼騎士団との話し合いも一段落したタイミングを見計らい、休憩という名目で白狼騎士団の面子だけで話す場を設けることにした。
そうして支部内の個室に移動すると、さっそくマークが呆れ混じりに口を開いた。
「まったく……攻撃と並行して資料集めだなんて、無茶にもほどがありますよ。まさか俺まで連れて行こうとか考えてませんよね」
「さすがにそこまでは考えてないって。どうせ嫌がられると思ってたし」
「当然です。自慢じゃありませんが、連れて行かれたとしても足を引っ張るだけですよ」
妙な理由で胸を張るマーク。
俺は思わず苦笑を浮かべてしまったが、マークの考えには少しばかり現実とズレているところがある。
騎士団長として――もしくは兄として、これだけは否定しておいた方がいいだろう。
「それはそうと、自分を過小評価しすぎじゃないか?」
「……何を言ってるんですか。俺なんか騎士になったばかりで……」
「だけど、それから色々な経験を積んできた」
マークがぐっと口を噤んで黙り込む。
「ソフィアに扱かれて事務仕事を仕込まれたり、ダンジョンに潜って修羅場を潜り抜けてみたり。俺がいないところじゃ、ライオネル卿あたりから武術も教わってるんだろ?」
「肉体を鍛えるのは騎士の基本でしょう。ライオネル卿にお願いしているのは、あの人の戦い方が一番標準的だからですよ。チャンドラー卿やガーネット卿の戦闘スタイルは、スキルありきの特別製にも程があります」
睨むように言い訳を重ねるマークに対して、引き合いに出されたガーネットが「そりゃそうだ」と声を上げて笑った。
ガーネットやチャンドラーが身体強化スキル前提の戦いをしていることは、周囲だけでなく本人達も認めるところである。
同系統のスキルを持っているわけでもないのなら、戦い方を教わったところで到底真似できない代物だ。
「ガーネットみたいに戦えるようになれとは言わないさ。だけどお前も間違いなく実力を付けてきている。騎士としての力量なら、とっくに俺なんかよりも上だろう」
「白狼のはどっちかっつーと冒険者時代の経験が強みだしな」
「そういうこと」
今度は俺が全面的に肯定する番だった。
「お前も永遠に新人ってわけにはいかないんだ。ここらで一つ、大きな仕事に関わってみてもいいんじゃないか?」
椅子に座って前屈みになったまま、向かいに立つマークの顔を見上げる。
冒険者に限らず、騎士は言うまでもなく、新人からの脱却は新人の仕事だけを続けていても果たせない。
どこかで必ず、勇気を出して一段上の仕事に手を付けて、それに慣れていかなければ次の段階には進めないものだ。
まぁ、そうすれば絶対に次へ進めるかといえば、俺という生きた反証がいるので否としか言いようがないのだが。
「……確かに、いつかはそういう時期が来るのかもしれません。ですけど今じゃないでしょう。アガート・ラムの本拠地に乗り込むなんて、いくらなんでも力量不足にも程が……」
「仕事はそれだけじゃないんだぜ」
ガーネットがマークの右肩を背後から力強く叩く。
俺はガーネットのああいう接触に慣れているのだが、マークにとっては想定外の一撃だったらしく、大袈裟すぎるリアクションで痛みに悶えていた。
「痛たた……」
「第四階層から突っ込む方が本命でも、第二階層からちょっかい掛ける方も大事な陽動で、そっちにもオレ達の仕事は山程あるんだからな」
「……俺には陽動の方に参加しろって?」
「水路を下る船はオレ達が用意するんだ。船担当のユリシーズだけ行かせるわけにゃいかねぇだろ? 他にも手伝う奴は必要だぜ」
陽動側、つまり第二階層から第三階層へ侵入を試みる班の移動手段は、白狼騎士団の団員であるユリシーズがスキルで召喚する船を用いることになっている。
しかしガーネットが言ったように、ユリシーズ一人だけを冒険者パーティーの中に送り込んだところで、うまく連携していけるとは思えない。
これはユリシーズに何らかの問題があるというわけではなく、誰であっても『一人だけで異なる組織に派遣されて、いきなり万全の仕事ができるかどうか』と問われたら、首を横に振るしかないだろう。
「ユリシーズ卿のアシスタントですか……確かに敵本拠地へ殴り込むよりはマシですけど……だけど確か、迎撃を受けて撃退されること前提の陽動でしたよね?」
「私もそちらの応援に行く予定ですから。それに、突入にまで付き合うかどうかは、ユリシーズ卿の判断次第ですよ」
ソフィアが柔らかく微笑みながら、横合いからマークの不安を解しに掛かる。
今回、白狼騎士団は現時点の構成員を全員駆り出すつもりでいる。
戦闘要員のチャンドラーとライオネル、研究者としてヒルドとアンブローズ。
事務畑のソフィアにも最前線一歩手前で指揮を担ってもらう予定で、マークにはソフィアと輸送担当のユリシーズを手伝ってもらうつもりだ。
マークはしばらく顔を歪めて考え込んでから、仕方がないとばかりに首を振った。
「命令なら従います。というか、お願いだの何だのとぼかさずに、騎士団長らしく命令してください。自分も騎士として応えます。俺達はもう、兄弟である以前に団長と部下なんですから」
「……そうだな、悪かった。騎士として一人前にだの何だのと言うなら、俺も騎士団長として一人前に振る舞わないとな」
反論の余地もない指摘を受けて、俺は軽く咳払いをして喉の調子を整えてから、騎士団長として告げるべき言葉を口にした。
「マーク・イーストン。貴卿はユリシーズ卿およびソフィア卿と連携し、第三階層攻略戦の陽動作戦に従事せよ。現場における貴卿への指揮権はユリシーズ卿に委任する」
「拝命いたします、騎士団長殿」
柄でもない格式張ったやり取りだが、これはきっと大切なことだ。
命の危険を伴う仕事に送り出すのだから、その命令が気の抜けたものであっていいはずがない。
ベテランの女騎士と少年騎士が微笑ましげに見つめる中、新人騎士と新人騎士団長は、精一杯の背伸びをしてお互いの立場を全うしたのだった。




