第70話 三者三様の色模様
胡桃街道のエリカを雇うと決めた翌朝、ガーネットと一緒に開店準備を進めていると、ノワールが上機嫌な様子で出勤してきた。
しかも珍しいことにサクラも一緒だ。
この二人の組み合わせは少々意外だったような気がしたが、そういえば昨日も春の若葉亭で何やら話し込んでいるのを見た覚えがある。
「ルーク……実は、こんなものを、作ってみたんだ……試作品……だけど……」
そう言ってノワールが見せたのは、手の平と同程度のサイズで切り揃えられた、長方形の薄い紙の束だった。
紙片に描かれているのは魔法的な文様。
まるでスペル・スクロールのミニチュア版である。
「まさかこれ、魔法を発動させられるのか?」
「あ……ああ……昨日、サクラから、東方の呪術師の話を聞いて……参考にして、作ってみたんだ……」
「私の故郷ではスクロールの代わりにこういった呪符を使うのです。壁に貼ることで、アミュレットやタリスマンのように長期的な使い方をすることもできます」
なるほど、昨日サクラとノワールが春の若葉亭で話し込んでいたのは、そういう用件だったのか。
スキルは神々と呼ばれる存在が授けるもので、当然ながら異なる土地では異なる神々が信仰されており、授けられるスキルにも違いがある――と聞いている。
ならば魔法系スキルも【魔道具作成】も例外ではないはずだ。
別の地域ではスクロールの概念がなく、異なる方法で魔法を持ち歩いていたとしても、何の不思議もない。
「こんなの見たのは初めてだな……性能はどんな感じなんだ?」
一枚を手に取ってまじまじと観察しながら、もっと詳しい説明を求める。
こいつには凄い可能性を感じる。
商品として売れそうだと思ったのはもちろんとして、冒険者としての勘が『こいつは使える』という反応を強烈に示している。
「相似縮小……ダウンスケール……サイズ相応の規模……」
「充分すぎるな。火力が必要なら何枚か束ねて使えばいいだけだ」
「欠点は、同じ面積の、スクロールより……ちょっとだけ、作る手間が掛かることだな……値段もちょっとだけ、上げないと……」
「そいつは仕方がないな。文様の面積も普通より広いみたいだし」
新基軸のマジックアイテムの登場に、思わず頬が緩んでしまう。
「(どうして今までこういう道具が作られなかったのか――だなんて、いちいち考える意味もないよな。今までは思いつく奴がいなかったってだけの話だ)」
世の中のあらゆる道具は最初に誰かが作ったものだが、その全てが技術革新で生まれたものというわけではないのは、誰だって当たり前に知っていることだ。
それを作るための技術も、道具も、材料も昔から全て出揃っていたとしても、最初にそのアイディアを思いつく『誰か』が出現するまで、その道具が生まれることはない。
ましてや、ウェストランドではスクロールなどのマジックアイテムは、魔法使いがサブスキルを用いた小銭稼ぎとして作るものなのだ。
改良だとか小型化だとかを頑張る必要はどこにもなく、昔ながらのマジックアイテムを昔ながらのやり方で作れば事足りてしまう。
魔法使いはスクロールを小型化する意味を見出さず、購入者達は小型化できる可能性を思い浮かべもせず、結果として誰も『手の平サイズの小型スクロール』を思いつかなかったのだ。
「……私、戦いだとあんまり役に立てない、みたいだから……こういうやり方で、貢献できたらなって……」
「私は一般的な呪術の類は専門外なのですが、その程度の知識でもお役に立てたのなら光栄です」
普通なら、ウェストランドでは生まれるはずのなかった『呪符』というマジックアイテム。
それが生み出された理由は、少々複雑な事情を背負った黒魔法使いと、滅多に訪れない東方からの異邦人が、ホワイトウルフ商店という一つの場所で出会った偶然の賜物だ。
「二人とも凄いじゃないか。こいつは間違いなく需要があると思う。俺が現役のときにあったら頼りにしてたくらいだ」
「ほ、本当か……!?」
ノワールは顔中に笑顔を浮かべ、サクラと顔を合わせて笑い合った。
ちょうどそのとき、勝手口の方から扉の開く音がして、胡桃街道のエリカが遠慮気味に中に入ってきた。
「えっと……お、お邪魔しまーす……」
「おや? ルーク殿、もしや彼女が話に聞いていた新たな従業員ですか」
「ああ。胡桃街道のエリカ。シルヴィアからの紹介で、ポーションなんかの調合ができる【薬術師】だ」
「よ、よろしく……」
緊張するエリカに他の三人を紹介する。
ガーネットのことは正規従業員の『少年』として紹介し、本当の性別や騎士の地位は全て伏せておく。
ノワールの抱えた背景は隠してもいずれ分かることなので、グリーンホロウを騒がす原因となった勇者パーティ唯一の帰還者であることを明かしておく。
もちろん、俺との関係やホワイトウルフ商店で働くことになった経緯も教えてしまう。
全てをエリカに伝えておくのは、ノワール本人が望んだことだった。
最後に、正規従業員ではないがサクラの紹介も忘れない。
武者修行のためにやって来た侍で、今は冒険者として活動する傍ら、暇な時に店の手伝いをしてくれている――サクラについての説明はこれくらいで充分だろう。
「あっ! サクラさんのことはシルヴィアから色々聞いてます!」
「そう畏まることはないさ。私からはシルヴィアと接するときと同じように振る舞うし、君もそうするといい。そもそも私は部外者なんだ。友人のそのまた友人という奴さ」
「……そういうことなら。えっと、よろしくな、サクラ」
「こちらこそ、今後共よろしく」
サクラは昨日の俺と同じことを言っていたが、昨日とは打って変わって、エリカは素直にその提案を受け入れていた。
やはり倍近く年上で異性の雇用主と、年齢が近い友達の友達とでは、気さくな態度で接する難易度が段違いのようだ。
こればかりはどうしようもない。
エリカのやりやすいように振る舞ってもらうのが一番だろう。
「よし。それじゃ、ノワールとサクラは基本的なことをエリカに教えてやってくれ。小難しいことは俺が後で教えるからな」
「わ、分かった……」
「了解です」
三人に当面の指示を出し、次の開店作業に移ろうと思って振り返ったところで、ガーネットとばったり顔を合わせた。
ガーネットは金色の髪をがしがしと掻き、左右に視線を忙しなく動かしながら、やたらと言いにくそうに話題を切り出してきた。
「白狼の……あの、だな。ちょっとばかり頼みがあるんだが……」
「頼み? 急に改まったりしてどうしたんだ」
「……性能の良い武器と防具を都合してくれねぇか? できるだけ、いや、できる限り高性能な奴がいいんだ」
その要請を聞いて、俺は内心でほっと胸をなで下ろした。
しかし、安堵感を抱いたことはガーネットからもお見通しだったらしく、訝しげにずいっと顔を覗き込まれた。
「何だよその反応。オレが武器を欲しがるのがそんなに意外か? オレの本職、忘れたわけじゃねぇだろうな」
「まさか! 忘れてなかったからこそ安心したんだって」
体が触れそうなくらいに近いガーネットの肩を軽く押して、適切な距離を取り直す。
「鍛え直すために一旦帰るだとか、任務を返上して帰還するとか言われたらどうしようって、割と本気で思っちまったんだよ」
「なっ! んなこと言い出すわけねぇだろ! このオレが負け犬みてぇな真似できるかよ!」
「この前のお前はそれくらい落ち込んでたからな」
「ぐ……! あ、ありゃ一時の気の迷いだっての……」
ガーネットは痛いところを突かれた様子でたじろいだが、すぐに威勢を取り戻して俺の胸を小突いてきた。
「とにかく! あんな醜態は二度と晒さねぇ。適当な武器を選んだから負けたんだ、なんて無様な言い訳はしねぇが、武具の性能が重要なのはお前もよく知ってんだろ」
「ああ、当然だ。今の俺に作れる最強の武具を用意してやるよ。お前だけのコスト度外視の特別製だ」
「え? あ、いや、流石にそこまでは言ってなかったんだが……」
こちらの返答の本気度に戸惑う反応が可笑しくて、つい吹き出してしまう。
ガーネットはムッとしたようなそうでないような複雑な表情を浮かべ、俺の足を軽く蹴りつけてきたのだった。




