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第699話 『元素の方舟』――第四階層

 ――ルークを始めとするホワイトウルフ商店の面々が、地表付近で思い思いの活動を続けている間にも、ダンジョンの奥深くでは冒険者達による探索と、第三階層突入に備えた準備が精力的に進められていた。


 その中でも大々的に進められているのは、第二階層の湖の島から続く水路を経由した、第三階層探索計画の準備である。


 これは本命の作戦からアガート・ラムの目を逸らす陽動作戦でもあり、計画がアガート・ラムに知られていても問題がなく、むしろ陽動の成功率を高めることにも繋がるとすらいえるだろう。


 しかし、それとは別にもう一つ――事実上の最下層である第四階層から、秘密の経路を通過して第三階層へ侵入するという、極秘作戦の準備も人知れず進められていた――











 ダンジョン――『元素の方舟』第四階層。


 岩石と灼熱、火炎と溶岩に満たされた、真っ当な生物の生存を拒む死の環境。


 他の階層とは異なり天井(そら)の発光機能すらなく、昼夜の再現もされていない大空洞であり、岩の亀裂から吹き出す炎と湖の如き溶岩だけが、薄暗い階層を灼熱の光で照らしている。


 しかし、極限の環境に適応した魔物のみが息衝(いきづ)階層(せかい)であっても、冒険者の探究心の例外とは成り得ない。


 充分な実力を備えていると認められた冒険者達は、ホワイトウルフ商店製のコート型耐熱防護服を身に纏い、魔族すら満足に活動できないこの階層の探索を続けていた。


 そして今、つい先日まで探索の手が及んでいなかった階層深部に、数名の若き冒険者の姿があった。


「……スズリ。本当にこの方向で間違いないのだろうな」


 パーティーの先頭を行く冒険者、不知火桜が、案内役の魔族に疑問の声を投げかけた。


 グリーンホロウ・タウンでも珍しい東方人ではあるが、今は普段の東方風の装束は分厚いコートに覆い隠され、長い黒髪もフードの下に収納されていて、他の冒険者達と見分けがつかない外見となっている。


「陛下の御命令だ。万難を排してでも、貴様達を例の場所まで連れて行ってやる。それとも陛下の御心を疑うのか?」

「道に迷ってはいないかと思っただけだ。使い慣れない体だろうからな」


 桜は普段なら口にしないような皮肉を込め、歩調を速めて案内役の魔族に追いついた。


 魔将スズリ。魔王ガンダルフ配下の最高幹部たる魔王軍四魔将の一角にして、類稀な炎と剣術の使い手。


 そして同時に、桜の父親である不知火蔵人の肉体を、仮初の器として利用している存在でもある。


 布で覆い隠されたその素顔は、本来のダークエルフの顔ではなく、不知火蔵人の人相がそのままに残されているのだ。


 桜にとっては父の仇と言っても過言ではない相手ではあるが、魔王軍と手を組んでアガート・ラムを討つことが最優先であることも理解しており、個人的な感情は棚上げとしているのである。


「……ねぇ、サクラ。あいつと一緒に行動するなんて、やっぱり気分良くないんでしょ。無理について来なくてもよかったのに……」


 冒険者の一人が心配そうに耳打ちをする。


 桜とスズリの関係性は、少なくともこのパーティーの中では周知の事実となっていた。


「ありがとう。だけど大丈夫ですよ、メリッサ。物事の優先順位を弁えることの大切さは、ルーク殿から幾度となく教わってきましたから」


 心配そうに顔を覗き込んでくるメリッサに、桜は柔らかな笑みを返した。


「今回の任務において、私のスキルは有用に機能するはずです。大事の前の小事……私個人の感情のために、友と王国の足を引っ張るわけにはいきませんから」


 無論、友とはガーネットのことだ。


 アガート・ラムは王国を危険に晒す外敵であるのみならず、ガーネットの母を殺めた犯罪組織でもある。


 組織全体を対象とし、この機を逃せば次の好機があるかも分からないガーネットの復讐。


 一個人を対象とし、アガート・ラムとの戦いが終わった後でも機会があるであろう自分の報復。


 どちらが優先されるべきなのかは火を見るよりも明らかだろう。


「相変わらず損な性格だな、不知火」

「霧隠、お前にだけは言われたくないな」


 もう一人のパーティーメンバー、霧隠(なぎ)から呆れたような言葉を向けられて、桜は同様に呆れ混じりの声を返した。


「早々に東方へ帰るものだとばかり思っていたが、気付けばどっぷりと首を突っ込んでいるじゃないか」

「お前がこの戦いに神降ろしを使うつもりなら、誰かが監視をしておかなければならないだろう。それに……冒険者稼業というのもなかなか楽しいからな」

「後半だけは同感だ」


 桜は何かと反目しがちなこの少年に対し、珍しく共感の意志を示した。


 冒険者としての活動は楽しい。

 それは使命感とはまた別にある率直な感想だ。


 この職業が大勢の人々を魅了して止まない理由は、実際にやってみればよく分かる。


 己を鍛え、未知に挑み、組織内のランクを上げていく。


 言葉にすれば単純かもしれないが、昔から自分自身を鍛えることに関心の強かった桜にとって、目に見える形で成果を得られるこのシステムはなかなかに興味深いものであった。


「それと、だ。俺が東方に帰っていたら、その外套の下に着込んでいる装束も作れなかっただろう。神降ろしを暴走させずに制御するだなんて、お前一人では到底できなかったんじゃないか?」

「む……それについてはとっくに礼を言ったぞ」


 桜と梛の歯に衣着せぬ無遠慮な言い合いに、横からメリッサが不満そうな視線を向ける。


 パーティーを先導するスズリは、そんな人間達のやり取りに一切の興味を示さず、雑音同然に聞き流して岩がちな斜面を進んでいたのだが、不意にとある岩壁の前で立ち止まった。


 第四階層という広大な地下空間――その壁際。


 有限の大洞穴の最果ての一つに、桜達は魔王軍だけが知る最短経路でたどり着いたのだ。


「着いたぞ。ここが第三階層への抜け穴だ」

「なるほど……まさしく()()()ではなく()()()だな」


 それは地下空間の天井(そら)まで届く大岩壁の表面に走った、巨大な縦長の穴の入口。


 人間一人が何とか通れるという程度に狭く、奥に行くほど道が高くなっているように思える。


「これは広大な『元素の方舟』に走った亀裂だ。設計段階には存在しなかった()()だと思えばいい。故にアガート・ラムも知り得ぬ経路となったのだが……無論、道中はまともな道となっていない。音を上げるような輩はここに残していけ」

「案ずるな。私達は侵入経路と()()()の偵察を任された先遣隊。並大抵のことでは挫けなどしないさ」


 桜はスズリに啖呵を切り、自ら率先して亀裂に脚を踏み入れていく。


 その先に待つのは『元素の方舟』第三階層。


 魔王軍本来の拠点にしてアガート・ラムの本拠地、そして古代魔法文明最後の領土――

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今までにない気がする文体の煽り。 緊張感が高まります
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