第698話 過去への旅で得たものは 後編
久しぶりのホワイトウルフ商店の定休日。
従業員の皆が思い思いの休日を過ごしているであろうその頃、俺は『元素の方舟』の第一迷宮に足を運んでいた。
またの名を『奈落の千年回廊』――その下の『魔王城領域』こと第一階層への直通経路が開通したことで、誰も攻略を試みることがなくなった大迷宮。
厳密には、迷宮内壁にミスリルが用いられていることが発覚したため、俺がミスリルを採取するとき以外は原則として封鎖されている。
しかし、その辺の理由を公表するとミスリル絡みの問題が多発しかねないので、表向きには『攻略が無意味であり危険なので封鎖された。ダンジョンに挑戦する場合は第一階層から進入せよ』という扱いになっている。
さて、今日こうして『奈落の千年回廊』に足を踏み入れた目的は、武器屋で使うミスリルの採取だけではない。
もちろんそれも目的の一つではあるが、どちらかというと一番の目的を隠すための偽装工作の意味が強い。
そして本来の目的とは、もちろん――
「神獣ヘルが言い残したという情報。今更なのですが、果たしてどれほど信頼できるのでしょうね」
「今日はそれを確かめるために来たんだろ」
ヒルドが不安そうに溢した懸念を否定しながら、隠し通路の階段を下りて迷宮に降り立つ。
相変わらず陰気で気が滅入る空間だ。
半月も命からがらに彷徨った嫌な記憶があるのを差し引いても、決して長居はしたくない環境である。
「それはそうですけど……調査するという行為が引き金になった罠という可能性もあるのでは?」
「んなことはオレも白狼のも承知の上だ。リスクを背負う価値はあるだろうし、そもそも神獣が危険なモノを仕込んでたっていうなら、むしろ白狼騎士団が責任持って調べないといけねぇ案件だろ」
「だから俺も引っ張ってこられたわけでな」
チャンドラーもガーネットの意見に同調しつつ、さり気なく周囲に警戒の視線を送っている。
今回、俺は白狼騎士団から三人のメンバーを連れてきた。
いつも通りに護衛のガーネットと、魔法使い兼研究者のヒルド、そして神獣絡みの一件ということで追加戦力のチャンドラー。
これだけの戦力を揃えれば、大抵の出来事には対応できるだろう。
「つーか、俺としてはその神獣が何つってたのか気になるな。何をどこに隠してるって話なんだ?」
「詳しいことは何とも。大まかな場所と『イーヴァルディの後継者と戦うならきっと役に立つ』って情報だけだ」
「で、ご指名の場所がこの迷宮だったと。確かに隅々まで調べられる広さでもねぇから、何かを隠すには絶好かもな」
チャンドラーはそれ以上に踏み込んだ質問はしようとせずに、ごく当たり前の仕事の一環として、俺達の後ろについてきている。
ガーネットが『ヘルから伝えられた』といって提示した情報は、俺達に『奈落の千年回廊のとある区域を調べろ』という曖昧なものだった。
ヘルがどんな意図でそういう伝え方をしたのかは、もはや確かめる術などなかったが、詳細の乏しさに文句を言っても仕方がない。
「よし、それじゃ行くぞ。道中で何かあったら、そのときは頼んだ」
俺はこれまでの調査結果を反映した地図を片手に、三人を連れて目的の場所へと向かっていく。
道中にはゴーレムやゴーストなどの魔物が出現していたが、このメンバーにとっては役不足もいいところだ。
出現するたびにあっさり蹴散らされ、何の脅威にもならずに目的地へとたどり着く。
「ここから先は地図も仕上がってない区域だ。ヘルの情報も詳細とはいえないから、ここから先は自力で探すしかないな」
「でもお前なら楽勝だろ」
「……楽勝かどうかは、実際にやってみないことには何とも」
迷宮の壁に手を触れさせてスキルを発動させる。
行使するのはいつもの【分解】ではない。
周囲一帯を調べ上げるための【解析】だ。
魔力が一瞬にして壁に浸透し、魔力の発光が目視できるのではと思えるほどの勢いで【解析】が広がっていく。
この区画の複雑な物理的分岐――迷宮の壁の内部構造――あらゆる情報が頭の中に流れ込んでくるが、それによって思考がパンクするようなこともなく、落ち着いて【解析】を終えることができた。
大まかな【解析】も済ませたので、俺はゆっくり壁から手を離して目星をつけた場所に向かって歩き出した。
「とりあえずだけど、目星はついたぞ。壁の中に埋まってるみたいだから【分解】で取り出そう」
「早ぇな!? もっと時間掛かるかと思ってたんだが……」
ガーネットも驚いているが、俺だって驚いている。
俺との付き合いが比較的浅いヒルドとチャンドラーも、ガーネットが驚くなら相当な変化なのだろうと納得しているようだ。
「(……これまでよりも、確実に負荷が減っているみたいだ。一度に【解析】できる範囲も速度も向上している……これもアルファズルが支援してくれているからなのか……?)」
気軽に発動させた【解析】ですらこれほどなら、命がけで発動せざるを得なかったスキルの場合はどれほどなのか。
想像するだけでも期待が高まらざるを得ない手応えだ。
「さて……この辺りだと思うんだが……」
一見しただけでは何の変哲もない壁。
だが俺の【解析】はここに何かがあると告げている。
「具体的に、何が隠されてるのかは分からねぇんだな?」
「ああ、魔力による分析を弾く備えをしてあったみたいだ。まぁ……最初から俺達に渡すつもりで隠したわけじゃなかったんだからな」
ヘルが本来その何かを託そうとしていた相手は、俺ではなくアルファズルだ。
あいつ基準の隠蔽なら、今の俺では解明しきれなくても不思議はない。
「スキル発動……【分解】!」
ただの岩壁に偽装されたミスリルの壁を【分解】する。
壁を挟んだ反対側の通路と地続きになって一気に風通しが良くなり、粉砕されたミスリルの砂が足元を埋めていく。
俺はミスリルの粉末に混ざって落下した何かを見つけ、おもむろに手を伸ばして拾い上げ――そして心の底からの驚愕と、心の底からの納得を同時に感じてしまった。
「メダリオンだ」
「はぁっ!? ま、まさか、それってよ……!」
「ヘルの奴、自分でアルファズルに会うつもりだったんだろうな」
表面についたミスリルの砂を払い、古代の輝きを保ち続けたメダリオンをまじまじと見やる。
「あいつが地上のどこで蘇ったのだとしても、仲間達が潜った『元素の方舟』には必ず帰るはず――そう確信していたんだ。まったく……本当に気の長い奴らだよ」




