第691話 遠く聞こえる破滅の足音
それから間もなく、立ち去っていったイーヴァルディと入れ替わる形で、数名の錬金術師がロキの自宅を訪れた。
服装はそれぞれ違って統一感がなかったが、どの服にも高級感のある素材が使われていて、全員がそれなりの年齢であることから、名の知れた錬金術師ばかりであることが見て取れた。
多くの錬金術師はいつも資金繰りに頭を悩ませ、まとまった金が入れば研究資金に回す傾向が強く、身なりに過剰な金を使う者は多くない印象がある。
この家が殺風景だったのも、ロキ個人の性格だけでなく、そうした錬金術師の懐事情もあったはずだ。
しかし今回の来客達は服装にかなり気を使っている。
恐らくは相当な収入源を確保できているか、強力な後援者を掴んでいる上澄みなのだろう。
「――お招きいただきありがとうございます、ロキ殿――」
「――此度の研究が成功裏に終われば、歴史に名を残すことは間違いなし。ほんの僅かでも関わることができて光栄ですな――」
「――資金だの許可だのといった煩わしいことは任せてもらいたい。貴殿は研究に没頭してくれたまえ――」
彼らを客間に案内してからのやり取りは、ヘルが『適当に省略する』と言っていた通り、砂嵐のノイズが走っては少しだけ情景を垣間見て、またすぐに砂嵐が視界を覆うということの繰り返しだった。
しかし断片的に把握できる範囲だけからでも、彼らの来訪理由が研究そのものではなく、資金調達やら法的な許可の手続きやらに偏っていることが伺えた。
「(何の研究のことだか分からないけど……ロキも本気なんだな)」
『お前もそう思うか』
「(思うさ。こんなに面倒な根回しをしてまでやりたいんだから、当然だろ。研究内容に心当たりはないのか?)」
『……ある。確信に近いと言ってもいい。彼らは……ロキ達はメダリオンの技術を応用し、人間を創ろうとしている』
これまでに出揃った情報から推察すれば、およそ妥当と言わざるを得ない結論ではあるが、実際にアルファズルから聞かされると身構えずにはいられない。
しかも、魔獣あるいは神獣の創造技術を応用するとなると、嫌でも連想しなければならない存在を、今の俺は知ってしまっている。
「皆様、そろそろご休憩なさってはいかがでしょう」
ヘルが客間に人数分の紅茶を運んでくる。
そしてヘルの後ろからついてきたのか、ひらひらとした衣装に身を包んだガーネットが、客間の入口の方からこっそり様子を伺っている。
本人は間違いなく全力で否定するのだろうが、普段の少年的な格好だけでなく、こういう格好もよく似合うのがガーネットという少女である。
面と向かって言うと間違いなく怒られるのだけれど、気恥ずかしさを必死に押し殺している様子が、却って可愛らしさを底上げしていて逆効果だ。
そんな風に、客への対応もそこそこにガーネットに目を奪われていると、俺の視線の先に気が付いた錬金術師達が感嘆の声を上げた。
「おお、あれが! ……いや失礼、あちらのお嬢さんが!」
「魔力によって自然生成されたという……!」
「見事なものだ。やはり自然が生む偶然は侮れん」
来客達が反応を示すなり、ガーネットは素早く壁の裏に姿を隠してしまった。
彼らはあくまで錬金術師としての知的好奇心から、ガーネットではなく元々の『シギュン』に対して関心を抱いているのだろう。
だが正直、俺としては複雑な気分だ。
本来ならガーネットが褒められるのは嬉しいのだが、その理由はガーネットと無関係の要因に過ぎないし、それはそれとして今の格好をじろじろと見られるのは好ましくない感じがする。
――そうして来客への応対を終え、場面が次の段階へと移っていく。
錬金術師達を外に送り出すだけでなく、俺とガーネットそしてヘルも家を出て、路上に用意されていた車に乗り込むことになった。
車は二台あり、錬金術師達は先頭の一台に、俺達は後ろのもう一台に。
俺とガーネットが後部座席に座った後で、どういうわけかヘルが御者の席――運転席に座り込んだ。
「……何してるんだ?」
「ご覧の通りですが。運転は私が務めさせていただきます」
できたのか、と思わず隣のガーネットと顔を見合わせる。
ガンダルフが運転をしていたときもそうだったが、馬車だろうと自動車だろうと運転などしそうにない奴がその席に収まっているのを見ると、何とも言えない気分になってしまう。
特にヘルの場合は給仕を思わせる格好をしているせいで、なおさら違和感が強烈であった。
「これから資金提供者の方との会合に向かうことになります。目的地は隣の都市、到着前に次の場面に移行いたしますので、会合のことは気になさらないで結構です。ご安心ください」
何が安心なのかよく分からなかったが、当面は車に揺られているしかなさそうだ。
一見すると無意味に思えるこの時間――しかしロキやヘルは何らかの意図があって、俺達をこの記憶の再現に巻き込んでいるのだろう。
ヘルに尋ねたところで返事はないに違いない。
とりあえず、変化があるまでは現状に身を委ねることにして、隣に座るガーネットに顔を向けた。
「なぁ、ルーク。ロキやそこの女が何を企んでんのか、ちっとは読めてきたか?」
「本人の前でそれを聞くのか……まぁ、隠したところで意味はないんだろうけどさ……正直、こんな風に記憶を再現してる理由は想像できないな。見せたかったから見せているとしか思えない」
運転席のヘルは、俺とガーネットのやり取りが聞こえているはずなのに、顔色一つ変えることなく運転を続けている。
ワイルドハントが活動拠点としている街を出て、荒野をまっすぐに突っ切る道路に差し掛かった頃には、太陽が地平線の向こうに沈んで空が暗くなりつつあった。
「だけど、イーヴァルディがどうしてロキの研究を嫌っているのかは、何となくだけど分かってきたと思う」
俺はガーネットだけでなく、俺達の会話に耳を傾けているであろうヘルと、自分の内側にいるアルファズルにも聞かせるつもりで返答した。
「ヘル。そろそろ答え合わせをさせてくれ。ロキとイーヴァルディが対立し始めた原因は、魔力による人間の創造、後の時代でリーヴスラシルと呼ばれる魔獣を生む技術に関わりがある――それで間違いないな?」




