第69話 夢追い人は輝かしく
予定通り、その日の営業時間が終わってすぐに、俺は従業員候補と会うために春の若葉亭へと向かった。
もちろんガーネットも一緒だ。
安全な町の中だから護衛の必要はないのだが、家で待っているのは暇でしょうがないというので、夜の散歩がてらに連れて行くことにしたのだった。
「いらっしゃいませ、ルークさん」
シルヴィアが宿の入口付近を掃除しながら出迎えてくれた。
夕飯時のピークは既に過ぎたらしく、入口横の食堂スペースでは何人かの宿泊客が談話をしている程度だった。
その一席に、見慣れた顔が二人。
ここの長期宿泊客でもあるサクラとノワールだ。
何やらテーブルに紙片を広げて話し合っているようで、俺達の存在には全く気付いていない。
二人が何をしているのか気になるが、今は別の用事があるのでそちらを優先しなければ。
シルヴィアの案内で部屋に向かいながら、一枚の紙を渡される。
「うちの宿で面接するときに使う身上書です。せっかくなので経歴とかを書いておいてもらいました。採用するかどうか決めるときの参考にしてください」
身上書とは、読んで字のごとく身の上の情報を記入した紙のことだ。
冒険者ギルドに初めて登録するときも、書類の名称こそ別物だが、同じようなものを提出することになっている。
「何か本格的だな……別に面接で落とすなんて考えたりしてなかったんだが」
実のところ、性格によほど問題のある相手でもなければ、すぐにでも採用を決定して働いてもらうつもりでいた。
シルヴィアが紹介するような友人なのだ。
人格的に問題がある人物がやって来るとは到底思えない。
「貰えるもんは貰っとけよ。別に損するわけじゃねぇんだからな」
「まぁ、それもそうか」
廊下を歩きながら、身上書に軽く目を通す。
胡桃街道のエリカ。
グリーンホロウ・タウンから山道を下った先にあるウォールナット・タウンで暮らしていたが、訳あって町から出てきたらしい。
身上書にはもっと詳しいことが書かれていたが、従業員候補――胡桃街道のエリカが待つ部屋に到着したので、ひとまず内容の確認は後回しにしておくことにする。
「エリカ。ルークさんが到着したよ。もう開けてもいい?」
「あ、ああ……! 大丈夫!」
扉越しでも緊張が伝わってくるような声をしていた。
シルヴィアが扉を開けて、俺とガーネットを部屋に招き入れる。
部屋の中央には椅子が二つ向かい合う形で置かれていて、その片方にシルヴィアと同年代の少女が座っていた。
「くっ、胡桃街道のエリカです! よろしくお願いしますっ!」
気の強そうな顔立ちに緊張の色を浮かべた少女、それが胡桃街道のエリカだった。
ブラウン系のふんわりした質感の髪を長く垂らしている姿からは、冒険者や狩人のように野山を駆け回っている様子を想像できない。
想像だが、普段は町の中や屋内で生活が完結しているタイプなのだろう。
「えっと、うちの店で働きたいっていう話だったね」
「は、はいっ!」
エリカの緊張ぶりは見ていて可哀想になるくらいだった。
肩に力が入りすぎてガチガチになっていて、愛想笑いを浮かべる余裕すらないようだ。
「そんなに畏まらなくてもいいよ。シルヴィアと話してるときと同じ気分でいいからさ」
「え……でも……」
「大丈夫、他の従業員もそんなに固い話し方はしてないから。特にこいつなんか凄いもんだぞ」
「オレを引き合いに出すな、オレを」
エリカは俺とガーネットを見比べるように視線を動かし、小さく相槌のような言葉を漏らした。
実際、ホワイトウルフ商店の正規従業員の二人から俺への態度は、いわゆる目上の人間に対するそれにはなっていない。
俺としてはその辺りに対したこだわりはなく、本人達がやりやすいように振る舞えばいいと思っている。
「ええと、あたしが働きたいって思った理由は……いやでもやっぱり、こういうのは変だし……私が、ホワイトウルフ商店で働きたいと思った理由は……その……」
ちゃんと話そうとして、余計にしどろもどろになってしまっている。
何とも初々しい雰囲気だ。
この様子、実は意外と箱入り娘だったのかもしれない。
「(何だか懐かしいな……こういう新人冒険者も多かったよなぁ)」
シルヴィアのように子供の頃から客商売を手伝ってきた人物なら、何だかんだとそつなく対応してくるのだが、世の中そうやって育った人間ばかりではない。
生まれて初めて赤の他人とビジネスライクに触れ合いました、という奴だって珍しくはないのだ。
例えば、農村から出てきたばかりの若者。
地元では誰も彼もが親戚同然で、金銭だけの繋がりに面食らうことも少なくない。
例えば、都会生まれで学校に通うだけの子供時代を過ごした、富裕層生まれの若者。
都会暮らしに飽きて冒険者稼業に手を出してみたものの、そもそも働くという経験が不足していて苦労する奴もいたりする。
エリカはそのどちらでもなさそうだが、人生経験が豊富でないことは見て取れた。
「別に面接で合否を決めるわけじゃないから、そんなにきっちり喋ろうとしなくても大丈夫だよ」
「そ、そうなのか? ……じゃなくて、そうなんですか?」
「もちろん。他でもないシルヴィアからの紹介だからね。こちらからお願いしたいくらいだって伝えるために来たようなものさ」
俺がちゃんと意図を伝えると、エリカはほっと深く息を吐いて緊張を解いた。
「けどせっかくだから、君の話も聞かせてもらいたいかな。どうしてわざわざグリーンホロウまで来て働こうと思ったのか……とかね」
「はいっ! ええと、私の家は薬師の家系で、代々ウォールナット・タウンで薬屋をやっているんです。当然、お父さんもお母さんも、私に後を継がせようと考えているらしいんですけど……」
エリカは胸の前で片手をぎゅっと握った。
「……私、自分だけの新しい店を持ちたいんです! でも両親にお金の支援を頼んでも意味がないですし、地元だと両親が手を回して働けないので……」
「それで家を飛び出して、別の町で資金稼ぎをしようとしたわけか」
「はい! 何年か働けばきっと開店費用くらいは貯められますから!」
なるほど、夢を追って飛び出してきたわけか。
身につまされる話だ。
そうやって村長の家から飛び出してきた奴を一人知っている。
夢のために努力を重ねている間の充実感もよく知っている。
結局そいつは憧れを掴むには至らなかったわけだが、エリカもそうなるとは限らない。
「なるほどね、薬師として必要なスキルは持ってるのかな」
「もちろん! 家の仕事も手伝ってきたし、ポーションの調合なら一人前だって言われたくらいです! ああ、いや、でも、接客とかはあんまり経験がないかもですけど……そういうのはお父さんのお弟子さんが色々と……」
エリカはごにょごにょと言葉を濁しているが、俺としては調合系のスキル持ちと分かっただけで充分だ。
「それなら、うちでも夢に向けた経験を積んでみるってのはどうかな?」
「え? それってどういう……」
「うちの店は武器屋を名乗ってはいるけど、他の商品も増やしてみようと思っているところなんだ。最近はマジックアイテムの取扱も始めたばかりだしね」
正直、エリカがそういったスキルを持っていたのは嬉しい誤算だ。
「君にその気があるなら、調合した薬をうちの商品にしてみないか? うちの店の一画を君の店のようにしてみるんだ。どうかな?」
「……ほ、本当にいいんですか!」
エリカは椅子を蹴っ飛ばす勢いで立ち上がり、俺の手を強く握った。
その瞳の輝きは、夢を追い求める人々だけが抱く純粋な光そのものであった。
「やります! やらせてください!」




