第689話 ようやくの穏やかな時間
――それから俺は、ガーネットと合流するまでの間に起こった出来事を、最初から順番に説明することにした。
ガーネットはこれまでずっと行動を共にしてきたので、他人にはおいそれと明かせない情報も数多く共有している。
だから、ここに来てから見聞きした様々な情報も、遠慮なく全て伝えてしまうことにする。
俺とガーネットの間柄で隠し事も何もあったものではない。
この世界がアルファズルの記憶ではなく、メダリオンを生み出したロキの記憶を再現したものであること。
そして俺はロキの役割を充てがわれ、ノワール達も俺のイメージに合わせた配役を割り振られていること。
魔王ガンダルフや管理者フラクシヌスを始めとしたアルファズル縁の面々も、若き日の姿で再現されていることなど、語ることには本当に事欠かない経験だった。
「若い頃のガンダルフだぁ? くっそ、オレも最初から付き合いたかったぜ。そんなの面白くないわけないだろ」
最初こそ、ガーネットはこんな風に笑いながら話を聞いていた。
しかし、話題がメダリオンと魔獣の創造に深く関わった範囲に至ると、表情を引き締めて耳を傾け始めた。
「……なるほどねぇ。そいつは確かに大事だ。でも、どうして魔獣やら神獣やらを解き放って文明を滅ぼしたんだってところは、まだこれっぽっちも分かってねぇんだな」
「ああ。少なくとも、世界を滅ぼすためにメダリオンを発明したわけじゃないのは確かだ。研究の過程で生み出した副産物を利用した……後で追加生産した分はあるんだろうけどさ」
何故ロキが魔獣や神獣を生み出し、地上に解き放って古代魔法文明を滅ぼしたのか。
アルファズルやガンダルフ、フラクシヌスやエイル――当時を生きた面々からいくら話を聞いても、真相の手掛かりすら見えてこなかった謎。
その半分、つまりメダリオンが開発された経緯までは見えてきた。
ただ、それが分かったところで、来たるべきアガート・ラムとの戦いに恩恵があるのかと言われれば、そんな保証はないとしか言えないのだけれど。
「ロキって奴が何を見せようとしてるにせよ、オレ達が能動的にできることはなさそうだな」
ガーネットは愛らしい寝間着姿のままソファーの背もたれに体重を預け、無遠慮に脚を組んで寛ぎ始めた。
これについては俺もガーネットと同意見だ。
今までの場面転換はどれも俺の意志とは無関係に、時間経過かあるいはロキが見せたいものを見せ終わったことで発生している。
再現されたこの世界を演劇の舞台に喩えるなら、俺達は一見すると役者をやらされているように思えるが、その実態は観客なのだ。
過去語りを口頭で延々と聞かされる代わりに、過去の再現劇を見せつけられているだけで、俺達が自分自身の判断を割り込ませる隙間など全くなかったのである。
「お前の中で出歯亀してるっていうアルファズルも、まだ何にも言ってきてねぇんだろ? やべぇことになりそうなら口くらい挟んでくるだろうし、無駄にジタバタしてもどうしようもねぇんなら、何か起こるまではのんびりしてようぜ」
「相変わらず豪胆だな……お前らしいけどさ」
「待てば海路の日和ありってな。むしろ、ロキが見せたがってる部分以外は書き割りのハリボテかもしれねぇぞ」
「まぁ、そいつはそいつで見てみたい気がするな。都市全体が大道具だったら間違いなく壮観だ」
違いねぇ、と笑うガーネット。
朗らかな横顔を間近で眺めながら、俺は久々に多幸感のようなものを感じていた。
この世界に引き込まれてからというもの、俺はずっと余裕がない状態が続いていて、ガーネットの現状を知ってからは更に拍車がかかっていた。
けれどこうしてガーネットの無事を確かめることができ、隣でいつもと変わらぬ笑顔を浮かべてくれたことで、すっかり気が緩んでしまったようだ。
「にしても……よ」
ガーネットが隣に座った俺をまじまじと眺めてくる。
「……その体、ロキの外見じゃなくて、ガキの頃のお前なんだよな?」
「まぁな。故郷を出た頃より若いみたいだから、だいたい十四か十三か……もうちょいしたら一気に背が伸びる頃合いだと思うぞ」
「へぇ……ふぅん……ほぉ……」
好奇心やら何やらがたっぷり籠もった眼差しで、頭の上から足の先までじっくりと。
さすがにこんな視線を浴びた経験はなかった気がする。
「オレとお前が同世代だったらさ、こんな感じだったんだよな。新鮮っつーか何つーか。意外と可愛げある面してたんだな、お前」
「残念ながら、そういう意味だと最後の輝きだぞ。もうじき体の節々がみしみし言ってデカくなるし、あちこちゴツくなってくるからな」
「前々から思ってたけど、ちっとはよこせよな、その体格。スキルがあっても背丈が足りねぇと苦労すんだよ」
「いやいや、お前はそれくらいがちょうどいいんだって」
気が付けばすっかり緩い話題に移り変わってしまっていて、ついさっきまでの辛気臭い雰囲気は欠片もなくなってしまった。
そんなやり取りをしばらく続けていると、ヘルが給仕用の台車を押しながらリビングに姿を現した。
「失礼します。お茶をお淹れしようと思ったのですが、お客様は紅茶とコーヒーのどちらがお好みでしょうか」
「コーヒー……? 普通に紅茶で頼む。もう一つの方はよく分からないからさ」
「かしこまりました。それと……」
ヘルが視線を横に流してガーネットを見やる。
「もうじきお客様がいらっしゃいます。寝間着のままでお迎えするわけにはまいりませんので、お着替えをお願いいたします」
「別にいいけどよ……ひょっとして普通の服もこのセンスなのか?」
ガーネットは寝間着の袖を摘まんで、頬を赤らめながら顔をしかめた。
何とも少女的というか、可愛らしいデザインをした白い寝間着。
このファッションセンスで選ばれた私服というからには、相応のものが出てくるに違いなかった。
「それはもちろん。シギュンの服ですから」
「ざけんなよ!? だったらロキの服貸してくれ!」
「ええ……シギュンには似合いません」
「着るのはオレだっての!」
しばらくそんな押し問答を続けた末に、ヘルは渋り続けるガーネットを押し切って、どこか別の部屋へと引っ張っていってしまったのだった。




