第685話 自然ならぬ生命
それから間もなく、アルファズルが預言した通りにもう一人のアルファズルが俺に調査の指示を出し、それからすぐに気を失った。
他の仲間達がアルファズルの介抱に専念する中、俺はノワールとヒルド、そしてアレクシアにも同行を依頼して、崩落した第三魔力採取塔へと駆け寄っていく。
「ルーク団長。そちらの状況はあまり掴めていないのですが、信じられないことになっているのは間違いなさそうですね……」
「まぁな。どこから説明したのやら、だ」
まだ息のある肉片が潜んでいないか気を付けながら、四人掛かりで瓦礫をかき分ける。
こういうときに【重量軽減】スキルを持つアレクシアがいてくれたのは、本当に大助かりだった。
ノワールとヒルドは腕力面では全く活躍できないので、アレクシアがその分も思いっきり働いてくれている。
『ロキは錬金術師だが魔法も修めている。錬金術で生み出した擬似的な人工生命を、召喚魔法の応用で喚び出す術を身につけていたはずだ。それは使えそうにないか?』
「初耳にも程があるっての。だいたい何だそれ」
「……ルーク君? 何か言いました?」
頭の中に響くアルファズルの声に返事をしたところ、他の皆には奴の言葉が聞こえていなかったので、俺が唐突に独り言を発したようになってしまった。
ひとまず何でもないと誤魔化して、今度は頭の中だけで返答を思い浮かべることにする。
「(擬似的な人工生物といえば……都会の錬金術師が研究してるっていう、ホムンクルスとかそういうのか。古代魔法文明ってのはそこまで進んでたのかよ)」
『あくまで擬似的だ。既存の個体を利用した合成生物や、通常の生命体としての発生段階に手を加えたものに過ぎん。本当の意味での生命の創造は、当時の文明においても達成されていない命題という扱いだった』
「(……魔法使い連中が、魔物や魔獣の肉体を使って自己改造するようなものか。アンブローズもそういう研究をしてるんだったな)」
頭の中でアルファズルとやり取りをしているうちに、アレクシアがひときわ大きな瓦礫をどかしたことで、床に空いた大きな穴が露わになった。
「何かありましたよ! これですか?」
『地下施設から魔力を汲み上げる縦穴だ。ロキがこの底へ下りていったことまでは分かっている』
「……下りてみよう。皆もついて来てくれ」
「でしたら、あちらの梯子を使いましょう。施設のメンテナンス用に備え付けられていたみたいです」
縦穴の直径は人間の背丈の二倍から三倍ほどで、縁も壁面も滑らかで引っかかりが全くない。
これではロープ降下も至難だが、幸いにもアレクシアが発見した通り、壁面に沿って金属製の頑丈そうな梯子が設けられている。
整備を前提とした備えが整っているあたり、ここが都市のための近代的な設備なのだと改めて実感させられてしまう。
「(さっきの人工生命云々の続きなんだが……実際のロキが召喚していた奴らって、人間の女の子や大型犬と似た姿の奴らなのか?)」
梯子を下りながら再びアルファズルに問いかける。
「(ロキの自宅みたいな家が再現された場面で、ロキを『お父様』と呼ぶ子が『いつでも遠慮なく喚び出してくれ』と言っていたんだ。あれってまさか……)」
『ヘルとフェンリルだな。もう一体、大蛇のヨルムンガンドも愛用していた。いずれもロキが錬金術で生み出した個体だ』
「(……にわかには信じ難い話なんだが……お前を殺したっていう神獣も、確かフェンリルだったよな。名前が同じなのは偶然なのか?)」
同名だからといって、必ずしも直接的な関係があるとは限らない。
例えば、過去に愛玩していたペットの名前を他の何かに付けるというのは、決して常識を外れた発想ではないだろう。
アルファズルが返答をよこすよりも前に、俺達は梯子を下りきって縦穴の底に到着した。
ヒルドが発動させた魔法の光球が周囲を照らし、言葉を失うほどにおぞましい光景を照らし上げる。
――採取塔の根本にこびりついていたものと同じ泥のような肉塊が、床や壁を隅から隅まで埋め尽くしている。
そしてこの距離で凝視してようやく気が付いたのだが、肉塊の表面には眼球らしきものがいくつも浮かび上がっていた。
ノワールが気分を悪くしたのか小さくよろめく。
しかし、どうにも本物の眼球とは内部構造が違うようで、形を似せただけに思えて仕方がない。
「……ほ、本物じゃ、ないな……魔力の、光芒……を、放つ、ため、の……媒体……だと、思う……」
「悪趣味だな。いや……もしかしたら、眼球を原型にして作ったのか?」
「どちらにせよ機能停止しているようですね。先程の攻撃が決定打になったようです」
元々この肉塊は穴の奥底まで広がっていたが、アルファズルの一撃で中核のようなものを壊され、全体がまとめて息絶えた……といったところなのだろうか。
それにしても、やるべきことが多すぎる。
この場所の調査もしたいが、ノワール達に俺の現状を伝えてもおきたい。
場面転換がどのタイミングで訪れるか分からないので、時間の余裕の有無すら判断できないのも面倒だ。
「とりあえず手分けして周囲を調べよう。それと手を動かしながらでいいから聞いてくれ。この世界、思ったよりも面倒なことになっているんだ」
探索に取り掛かりながら、これまでに判明した情報を順番に伝えることにする。
この世界は『叡智の右眼』本来の持ち主のアルファズルの記憶ではなく、当時のアルファズルが率いていたバウンティハンターチーム、ワイルドハントのメンバーだったロキの記憶が再現されたものであるということ。
ロキとはかつて古代魔法文明を滅ぼした神獣を――それらを生み出すメダリオンを作った人物であり、今の俺は当時のロキの役割に押し込められているということ。
「何ですか、そりゃ! とんでもないことなってますね! 私達がエンジョイして……もとい、適応しようと四苦八苦してる間に!」
「それ言い直す必要あったか? 完璧に予想通りなんだが」
アレクシアがイーヴァルディの元で高度な機巧に目を輝かせている様は、わざわざ確認するまでもなく容易に思い浮かべることができる。
元からそういうつもりで『右眼』を調べていたのだから、こちらとしても怒ったり文句を言ったりする対象ではないのだが。
「……とにかく、ロキは俺に何かを見せようとしていて、アルファズルも真意を掴みかねて……」
「ルーク……! そこ、おかしい……!」
「えっ?」
ノワールが唐突に声を上げる。
一体何がおかしいのか理解できずに動きを止めた直後、腕を伸ばそうとしていた先の壁に異変が起きた。
今の俺の頭よりも高い位置、どろどろとした肉塊に覆われた壁の一部が、まるで昆虫の繭か何かのように音もなく割れていく。
そして生々しい亀裂の内側から、少年とも少女ともつかない白い肌の子供が、ずるりと滑り出て――俺がその子を抱き止めた瞬間、周囲の光景が凄まじい灰色の砂嵐に切り替わった。
また記憶の場面転換だ。
ノワール達はおろか、さっき抱き止めたはずの子供の姿も完全に消え失せて、俺だけが記憶と記憶の間に取り残されている。
「くそっ! ノワール! アレクシア! ヒルド! いないのか! ……アルファズル! まだ残ってるな! お前は消えるなよ!」
『言われるまでもない。ここからが本命なのだからな』
砂嵐が消え、周囲の風景がはっきり見て取れるようになる。
そこは以前にも訪れたロキの自宅の一室だった。
「……ロキの野郎、どこまで俺を翻弄すれば気が済むんだ!」
「お帰りなさいませ、お父様。いえ……」
背後から聞こえた声に驚いて振り返る。
ヘル――ロキを父と呼ぶあの少女が、右半分を覆い隠した血色の悪い顔に笑みを浮かべて俺を見つめていた。
そして色の薄い唇が紡いだ一言は、俺の思考を真っ白にして余りあるものであった。
「……いらっしゃいませ、遥かな未来のお客様。不肖ヘル、創造主ロキの名代として歓迎いたします」




