第684話 前奏曲の終わり
「飽きないなぁ、お前ら! ……さて、こんなに頑張ってもらったんだ。俺もヘマはできないな」
アルファズルがおもむろに片手を横に伸ばす。
「転送」
その手に銀色の金属製の棒が出現する。
刃もなければ打撃武器でもない、本当にただの金属棒だ。
「魔眼励起、対象パラメータ再測定。魔力収束座標および深度推定」
――魔力採取塔に纏わりついた謎の肉塊が、膨大な魔力を蓄積していく気配がする。
「創造術式、起動。金属投槍。対象装甲性質に形状を最適化。並びに追加機能付与、浸透内部破壊――荊棘の球」
金属棒が流線型のジャベリンへと姿を変えていく。
アルファズルは機能美と神秘性を兼ね備えたジャベリンを構え、青く輝く魔眼で貫くべき一点を見据え、渾身の力で擲った。
一直線に飛翔した穂先が、何の抵抗もなく巨大な肉塊の表面を刺し貫き、無数の棘に分裂して肉塊を内側からずたずたに引き裂いた。
「よしっ! 全員、防御態勢!」
内部に蓄積された膨大な魔力が炸裂する。
閃光、轟音、そして爆風。
全員同時に防御手段を展開して爆発をやり過ごす傍らで、肉人形の群れが為す術もなく吹き飛ばされて消し飛んでいく。
爆心地の第三魔力採取塔も瓦礫と化して崩落し、爆発を経てもなおこびりついていた肉塊を押し潰した。
「……さすがに終わったか?」
耳鳴りを堪えながら粉塵を払って立ち上がる。
爆発はとっくに収まり、血の臭いがする粉塵だけが名残として立ち込めている。
本体が粉々に吹き飛んだせいか、あるいは爆風で残らず破壊されたのか、肉人形が動く気配もない。
俺は何気なく足元に視線を落とし、そこに転がっていたリザードマン型の肉人形に目をやった。
……顔の側面のどろどろとした肉が削げ落ちて、硬い鱗が露出している。
信じられないことに、中身があったのだ。
「まさか、これって……」
「ドラゴンネストの連中だろうな。施設に普通の魔物が見当たらなかった原因も、多分これだ。俺達が来る前に、どいつもこいつも取り込まれていなくなっていたんだろう」
アルファズルが魔眼の目線を走らせながら、冷静に現状を分析する。
施設のあちらこちらに戦闘の痕跡が刻み込まれていたにもかかわらず、生きた魔物はおろか死体すら発見することはできなかった。
恐らくは、高濃度の魔力に引き寄せられてこのフロアに踏み込み、あの正体不明の肉塊に殺されて取り込まれてしまったのだ。
そして俺達よりも先にここを訪れたバウンティハンター達も、姿の見えない魔物を探して施設を探索し、同様に餌食となってしまったのだろう。
「とんでもない怪物ね。ちょっと待ってて。粉々になっちゃってるけど、手掛かりがないか調べてみる」
エイルが真剣な面持ちで前に進み出る。
「……っ! 待て、エイル!」
崩落した第三魔力採取塔――その根元部分だった瓦礫の山から閃光が迸る。
残骸に押し潰されながらも生き延びていた肉塊の一部が、最後の抵抗とばかりに魔力の光線を繰り出したのだ。
防御も援護も間に合わぬ光芒。
しかし射撃の直前に動いていたアルファズルだけは、着弾直前にエイルを突き飛ばし、反撃の短剣を擲つことができた。
光芒がアルファズルの青い魔眼を撃ち貫く。
投擲された短剣は空中で円形の刃に形を変え、残骸の山を肉塊ごと真っ二つに斬り裂いた。
「アルファズル!」
エイルの悲鳴が地下エリアに響き渡る。
次の瞬間――周囲の全てが凍りついたように停止した。
右目を穿たれて今にも倒れそうなアルファズルも、突き飛ばされた体勢で叫びながら腕を伸ばすエイルも、そして咄嗟に駆け寄ろうとするワイルドハントのメンバー達も。
空気中を漂う粉塵すらも静止した中、俺だけが身動きすることができていた。
「これは……喫茶店のときと同じ……ということは……アルファズル! いるのか、アルファズル!」
「当然だとも。こういう場面でもなければ介入できそうにないからね」
粉塵の向こうから、もう一人のアルファズルが姿を現す。
俺の視界の隅で倒れようとしているアルファズルとは別に、右目を青い炎のような『叡智の右眼』に作り変えた青年が、落ち着いた態度で近付いてくる。
あちらは再現された記憶の存在ではなく、俺に『右眼』を与えた方の存在だろう。
「いやぁ、懐かしい。戦闘中に意識を失ったのは、確かこれが最後だったはずだ」
「……現代じゃ、神様だの何だと持ち上げられてるくせに、割とあっさり倒されるんだな。正直意外だったぞ」
「私もこの時期までは、周囲と比べて飛び抜けていたわけではなかったからね。全体的にはせいぜい上の下といったところだ」
俺の嫌味をアルファズルはあっさりと受け流した。
「破壊された魔眼を元には戻さず、ロキを始めとする仲間達の協力を得て、以前から構想を練っていた新たな力……この『右眼』を作る素材とした。私が人の域を踏み外したのはそれ以降だ」
「それで……まさか俺は『叡智の右眼』の誕生秘話を知るために呼ばれたのか?」
アルファズルは笑って首を横に振り、そして完全に崩れ落ちた第三魔力採取塔を指差した。
「とっくに察しているだろうが、これはロキの記憶を再現した世界だ。この後、俺は君に調査を指示して意識を失うことになる。エイルは完全に取り乱していて、それどころではなかったからね」
「……本当に見せたかったものは、そこにあるんだな」
「何が隠されていたのかは、私も知らない。神獣の件で処刑された後に分かったんだが、ロキはこの現場の調査結果を誤魔化し、何かしらの重要な情報を隠蔽したんだ」
そう語るアルファズルの横顔は、どこか言いようのない悲しみを湛えているように見えた。
奴ほどの賢人なら、物的証拠がなくても容易に予想できてしまうのだろう。
ロキがこの現場で発見し、隠蔽した情報――それこそが、後に古代魔法文明を滅ぼすことになる、メダリオンの神獣の成立に大きく関わるものであると。
「分かった、そいつを確かめてくればいいんだな」
「もう一つ頼みがある。私を君の体に相乗りさせてもらいたい」
「……はぁ?」
想像もしなかった頼み事に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
「私がこの世界に介入できるタイミングは、再現された俺が居合わせているときだけだ。あちらのアルファズルはもうすぐこの場面から退場する。そうなれば介入の継続はできなくなるだろう」
「このままだと追い出されるから、俺の体に隠れてやり過ごしたいってことか? ったく……とんでもないこと言い出しやがる」
悪態をつきながらも冷静に思考を巡らせる。
アルファズルの意図は、生前には知ることができなかった友人の真実を確かめたい、というものに過ぎないのだろう。
以前のファーストコンタクトで『体を譲れ』なんて言われた立場としては、嫌悪感を覚えないと言えば嘘になる。
だが、これまで何の助けもなく流れに飲まれていたことを思うと、これ以上ない助言者を連れていけるのは大きな恩恵だ。
「……ついて来いよ。無策に流されるよりはずっとマシだ」
「感謝する、ルーク・ホワイトウルフ」
アルファズルの姿が薄れて消え、周囲の時間が再び動き始める。
エイルの悲鳴を背中に受けながら、俺はこれから目の辺りにするであろう光景に向け、強く覚悟を固めたのだった。




