第683話 第三魔力採取塔のイレギュラー
第三魔力採取塔――名称からしてその用途は明らかだ。
あの都市に供給する魔力をかき集める設備であり、即ち膨大な魔力の通り道にして、地下に存在すると思われる魔力採取源への直通路。
魔力目当ての魔物が巣を張る場所としては、どう考えてもお誂え向きだ。
「もうすぐだ。警戒を強めろ」
暗い階段を走り抜けて地下フロアに急行する。
ガンダルフから撤収を勧められたノワール達も、俺達の後について来ている。
知的好奇心を満たしたいから、というだけの理由でないことは、彼女達の真剣な表情を見れば明らかだ。
そしてひときわ開けた場所へ出たそのとき――俺は眼前の光景に言葉を失った。
どんな素材で作られているのかも分からない滑らかな床と壁。
見上げるほどに高い天井はその一部が崩落し、そこから陽光が絶え間なく注ぎ込んできている。
「なん、だぁ……こりゃあ!」
イーヴァルディが驚きの声を上げる。
地下フロアの奥にそびえ立つ、床と天井を貫く塔。
恐らくは第三魔力採取塔であると思しきその大型装置の根本付近に、どろどろとした巨大な肉塊が纏わりついていた。
「来たか! 防御態勢!」
アルファズルの声がどこからか響くや否や、この場の全員がそれぞれの形で防御行動に移る。
ガンダルフとエイル、そしてノワールは肉塊に対して防御魔法を発動し、イーヴァルディとアレクシアは大型の得物を盾代わりに構え、俺とヒルドは防御魔法の影に逃げ込んだ。
次の瞬間、泥のような肉塊の表面に無数の光点が発生したかと思うと、凄まじい閃光の雨が横殴りに降り注いできた。
「冗談じゃないっての……!」
俺は魔力防壁の裏にしゃがみこんだまま、右手を顔にかざして『叡智の右眼』を発動させようとした。
だが、何の反応も起こらない。
右眼球が変化しないだけでなく、スキルの発動すらできなかった。
「(……っ! くそっ、もしかしてロキの記憶に縛り付けられた影響か?)」
記憶が再現されたこの世界でスキルが使えなくなったのは、これで二回目だ。
あれは肉体と精神の繋がりが細くなったことが原因だったが、今回はもっと明確な心当たりがある。
謎の光の掃射は数秒で収まり、そして奇妙なまでの静寂が訪れる。
「ほら、よく分からない代物だろ?」
再びアルファズルの声が聞こえ、部屋の隅から物音が聞こえた。
フロアに踏み込んだときは気が付かなかったが、隅の方にフラクシヌスの魔法で植物の根が絡み合ったドーム状の防壁が生成され、アルファズル達三人を守っていたのだ。
植物のドームが解除され、アルファズルとフラクシヌス、そして炫日女が駆け寄ってくる。
既に交戦状態だったからだろう。
アルファズルは右目を覆う眼帯を外し、青い魔眼を晒していた。
「見て分かるとおり、魔物なのかどうかもさっぱりだ。強烈に魔力を吸い上げてるのは確かなんだけどな」
「それよりも、あんな攻撃をしてくる代物なら事前に言え」
「悪い悪い。奴の攻撃の余波で魔力波が盛大に乱されたんだ。あれがなかったらもっと詳しく教えてたさ」
油断なく警戒を続けるガンダルフとは対照的に、アルファズルの方は余裕のある態度で謎の肉塊の出方を伺っている。
「行動パターンは読めてきた。さっきの一斉射撃は奴自身にとっても連発できるものじゃないらしい。もう一回ぶっ放すためには魔力のチャージが必要みたいだ」
「ネームレスよぉ。今のうちに破壊した方がいいんじゃねぇのか」
「とっくに私が試しましたよ。斬っても斬っても再生されて元通りです」
炫日女の返答を聞いてイーヴァルディが顔を顰める。
「安心しろって。策なら考えてある。さっきはタイミングが遭わなかったから、一旦やり過ごしただけだ」
「ほう。聞こうか、アルファズル」
「今みたいな掃射をぶっ放す直前になると、膨大な魔力が内部の一点に集中する。そのタイミングで一発ぶち込んで内部からふっ飛ばしてやるだけだ。もっとも……あっちも妨害はしてくるんだけどな」
ちょうどそのとき、肉塊の表面が小刻みに震えたかと思うと、まるで沼の表面から魔物が飛び出してくるかのように、肉塊から数え切れないほどの何かが溢れ出てきた。
人形、獣型、蜥蜴型、鳥型、獣人型――およそ思いつく限りの陸棲生物を模した、泥のような肉人形。
そのあまりの不気味さと気色悪さに、アレクシアがわざとらしく嘔吐するようなジェスチャーをして舌を出した。
「あれ、は……フレッシュ、ゴーレム……に、似て、いる、けど……」
「だがその手の魔法を行使した形跡はない。異なる原理で生成された、似て非なるものと言うべきだろう」
ノワールの所感に続いて、ガンダルフが冷静な分析を口にする。
今更だが、どうやらノワールはこのダークエルフが、若かりし頃の魔王ガンダルフであると気付いていないらしい。
アルファズルの仲間という点だけでも推理することはできたはずだが、恐らく無意識にその発想を避けているのだろう。
「お察しの通り、連中の始末に手間取ってタイミングを逃したら、もう一度掃射を凌いでやり直しだ。というわけで、ちょっとばかり手を貸してくれ」
「言われるまでもない。お前が仕留めろ」
ガンダルフが大型拳銃を連射したのを皮切りに、この場の全員が不気味な肉人形の迎撃を開始する。
炫日女が目にも留まらぬ速度で肉人形の間を駆け巡り、片っ端からバラバラに斬り裂いていく。
イーヴァルディの大鎚が竜巻のような勢いで敵を蹴散らし、ノワールの黒炎が一群を纏めて焼き払う。
ヒルドとエイルも戦闘に不慣れなりに迎撃を試み、魔力弾や銃弾を一体一体順番に撃ち込んでいる。
「ようっし! 試し撃ちといきますか!」
アレクシアが盾代わりに使っていた大型の金属ケースを勢いよく開け、収納されていた武器を嬉々として構えた。
それは普段の大型弩級ではなく、エイルが必死に構えている長銃を大型化させたような銃器であった。
「サムライさん! 射線に出ないでくださいね!」
腰溜めに構えた大型銃火器が轟音を撒き散らして火を噴き、砲口の直線上に迫っていた肉人形をまとめてバラバラに吹き飛ばす。
しかしアレクシア自身も反動でひっくり返り、後ろ向きに何度か転がっていってしまった。
「痛ったぁ……!」
「オイコラ! 試作品を実戦に持ち込むんじゃねぇ!」
「私は持ち込む方針なんですーっ! 実戦データ集めなきゃ永遠に試作品でしょう!」
「兵器は信頼性が第一だアホンダラ!」
イーヴァルディとアレクシアの一歩も退かない言い合いを見やりながら、アルファズルは声を上げて笑っていた。
「飽きないなぁ、お前ら! ……さて、こんなに頑張ってもらったんだ。俺もヘマはできないな」




