第679話 商売敵のハンターチーム
それから俺達は、ガンダルフが運転する自動車で目的地へと向かうことなった。
参加メンバーの内訳はガンダルフとイーヴァルディ、エイルと炫日女に俺を加えた五人。
その全員が一台の車に乗り込んでいるわけだが、元々ワイルドハントのフルメンバー――アルファズルとフラクシヌスを合わせた七人を乗せられる大きさなので、むしろ余裕すら感じられる密度だった。
街を走っている間は速度も押さえ気味で、安全に配慮しているのが俺にも理解できた。
しかし街を後にして、荒れ地を抜ける道路に差し掛かるや否や、座席に体が押し付けられそうになるほどの急加速が始まった。
「うわっ……!」
窓の外を荒涼とした風景が凄まじい速度で流れていく。
まるで、制御を失った馬車が坂道を滑り落ちていくかのような速さだ。
本能的な危機感を覚えて身を固くしていると、中央の席に座っていた炫日女が座席越しに振り返り、手のかかる弟でも見るような顔で笑いかけてきた。
「いい加減に慣れた方がいいですよ。あっ、吐きたくなったら手遅れになる前に言ってくださいね。間に合わなそうなら蹴り出しますので」
「……大丈夫です、多分」
心配してくれているのか、それとも容赦ないのかよく分からない言葉をかけられながら、なるべく窓の外を見ないように気をつける。
乗り物酔いは問題ないのだが、暴走した暴れ馬のような速度で疾走しているのだと自覚すると、さすがに生きた心地がしなくなってしまう。
けれど、もしもガーネットがここにいたなら、やたらとテンションを上げて楽しんでいたのかもしれない。
ガンダルフが運転する車に乗せられてこんなことを思うなんて、少し前なら夢にも思わなかったことだろう。
「この調子なら一時間も掛からないんじゃない? 事故だけは起こさないでよね」
「心配は要らん。周囲は荒野、野生の魔物も他の車も――むっ?」
突如、ガンダルフは車の速度を抑え始め、単なる馬の駆け足と変わらない速さで緩やかに坂道を登り始めた。
いきなり安全運転に目覚めたというはずもなく、俺も少し遅れて減速の原因に気が付いた。
もう一台、別の車が岩山の坂道を走っている。
屋根のないずんぐりとした車体で、屋根は最初から取り付けられていなかったようで、乗員の後ろ姿がはっきりと見て取れる。
するとあちら側の車も俺達の接近に気が付いたらしく、道を塞ぐように車を急停止させた。
「おっ、ワイルドハントの連中じゃねぇか!」
あちらの車に乗っていたのはリザードマンの四人組だった。
鱗の各所が刺々しく尖っているようにも見えたが、よくよく見ると外付けの装身具のようで、陽光を弾いてぎらぎらと威嚇するような輝きを放っている。
しかも揃いも揃って体格がよく、非舗装道路仕様と思しき屋根のない無骨な車が、ぎゅうぎゅうに詰まっているように思えてしまう。
ガンダルフは減速を続けながら車を脇に寄せ、リザードマン達の車と並ぶ形で停車させた。
「ドラゴンネストか。お前達もプラント跡地に行くつもりのようだな」
「あたぼうよ! しっかしお前ら、相変わらず闇鍋みてぇなメンバーしてやがるよな。種族のコンプリートでも目指してやがんのか?」
リザードマン達が大口を開けて牙を剥いて大笑いする。
明らかに俺達を小馬鹿にしようとしているようだったが、誰も本気で受け止めようとはしておらず、他所の連中がまた馬鹿なことを言っているという程度の反応しか見せていなかった。
「そりゃお前、どこの種族かも分かんねぇ奴まで子飼いにしてるくらいだからな!」
「チームっつーか、あの名無し野郎のコレクションだろ! 百鬼夜行なんて名乗るだけは――」
しかし挑発の矛先がアルファズルに向くや否や、ガンダルフは見下すような冷笑を浮かべて鋭い言葉を放った。
「蜥蜴のくせに竜の巣を名乗るよりは良い名だろう? チーム名は身の丈に合わせたものにするべきだな」
「――テメェ! その喧嘩、買ってやろうじゃねぇか!」
怒りに燃えるリザードマン達が、扉も開けずに屋根のない車から降りようとする。
だが、ガンダルフが車窓から突き出した大型拳銃の銃口に射すくめられ、扉の縁に足を掛けた体勢で動きを止めてしまう。
「お互いにそんな暇はないだろう? やるべきことは他にあるはずだ」
「ぐっ……」
「順番は守ってやる。先に現場へ到着するのはお前達だ。命と一緒に順番を譲ってくれるというなら、ありがたく受け取るが?」
「……クソが! 覚えてやがれ!」
ドラゴンネストの一行は完全にペースをガンダルフに握られたまま、車を揺らして勢いよく座席に座り直し、猛スピードで岩山の奥へ走り去っていった。
ガンダルフはドラゴンネストのあらゆる言動を笑い飛ばすように鼻を鳴らし、拳銃を腰に戻して運転を再開した。
役者が違うとはこのことか。
実際に刃を交えるまでもなく、あのガンダルフはあのリザードマン達を手玉に取っていた。
他の皆が大したリアクションを見せなかったのも、ガンダルフ一人だけで充分にあしらえる相手だと分かっていたからだろう。
俺は三列目の一番後ろの後部座席から、エイルと炫日女が座っている中央座席越しに、運転席のガンダルフに話しかけた。
「行かせてよかったんですか? アルファズル達が先行しているんでしょう? ひょっとしたらあっちで喧嘩を売るかも……」
「不要な心配だ。奴らもアルファズルに歯が立たないという自覚はある。十倍の数を揃えても一瞬で決着が付くだろうな」
「……そ、そんなに?」
「広域殲滅において奴の右に出るものはそういない。雑魚を何千何万と集めるよりも、優れた一人をぶつける方に勝機がある類の男だ」
運転中なのでガンダルフの表情を見ることはできなかったが、何故か『微笑んでいるに違いない』という確信めいた想像が浮かんでくる。
魔王ガンダルフの笑い顔なんてそうそう目にするものではないはずなのに、アルファズルを褒めているのだからきっとそうなのだと、誰に言われるでもなく確信することができたのだった。
――やがて俺達を乗せた車は岩山を登りきり、谷底に設けられた魔力プラントを見下ろす高台に辿り着いた。




