第678話 リーダー不在の作戦会議
それから間もなく、ワイルドハントの面々が続々と喫茶店にやって来た。
エルフであるガンダルフとエイルは見た目に変わりがなかったが、残る二人――特に炫日女の外見は大きな変化を遂げていた。
年の頃はサクラと同程度か少し歳上。
艷やかな黒髪は長く伸ばされ、幼さ故の愛らしさが薄れた代わりに美しさが増しているように感じられる。
「おや、フラクシヌスが見当たりませんね。まさか寝坊でもしましたか」
「奴なら先遣隊としてアルファズルと現地に向かっている。気になることがあると言っていたな」
見た目の割に前と変わらない口調の炫日女に、ガンダルフが銃を弄りながら返答する。
ガンダルフの銃は五年の時間経過を反映してか、一回り大きな新型に置き換えられていた。
威力がサイズに比例するとしたら、以前は毛皮で阻まれた例の魔獣も正面から撃ち抜けることだろう。
「さっそくだが今回の作戦内容を再確認する。目的地は山中の魔力プラント跡地。ごく最近までこの都市に魔力を供給していた施設だ。現在は別の土地に新設されたプラントに切り替えられ、旧施設は打ち捨てられている」
喫茶店の奥、他の客の邪魔にならない席を利用して、ワイルドハントの作戦会議が開始される。
リーダーであるアルファズルが先行しているため、作戦会議はガンダルフが主導していて、他のメンバーもそれに異を唱える気配はない。
どうやら前々からガンダルフをサブリーダーとする合意が形成されているようだ。
「このプラント跡地は現在も解体が進んでいない。原因は魔物の出現だ。現地で発生したのか、他所で発生した群れが残留魔力に目をつけて餌場としているのかは不明だが、いずれにせよ市議会は、旧プラント解体の障害となる魔物に賞金を懸けた」
ガンダルフはテーブルに地図を広げ、プラント跡の所在地を指差してみせた。
王都に負けずとも劣らぬ規模の都市の北に、手つかずの岩山地帯が広がっていて、その奥地に何らかの施設の存在が示されている。
見るからに交通の便が悪く、立地としては最悪に近いようにしか思えないが、あえてこの場所に設けるだけの理由があったに違いない。
恐らくは、魔力を効率よく集められることを条件に選定した結果、行き来のしやすさなどを度外視せざるを得なかったのだろう。
「だが、賞金目当てで現地に赴いたバウンティハンターは、現状ただの一人も帰ってきていない。賞金の大幅な引き上げがされたにもかかわらず、新たに乗り込もうという者がほとんどいないのが現状だ。ここまではいいな」
「私達が気付いた頃には、何だかとんでもない状況になってたんだよね」
エイルが椅子に座ったまましきりに頷く。
隣の炫日女も棒状の軽食菓子で小腹を満たしながら、不満げな感想を添えた。
「そもそも市議会の賞金が安すぎるのが良くないんです。あれじゃ実力のあるバウンティハンターは動きませんし、安くても仕事が欲しい連中だと強い魔物には歯が立たないでしょうに」
「いや、魔物が確認され始めた当初の偵察結果を見る限り、決して難易度の高い獲物ではなかったはずだ」
ガンダルフは冷静な態度を崩すことなく、淡々と言葉を続けている。
「何か想定外の事態があったと気付き、賞金を引き上げた頃には未帰還者多数の実績が数多く積み上がり、バウンティハンターから敬遠されるようになったわけだ。間が悪かったとしか言いようがあるまい」
「何にせよ、思ってたよりも強い魔獣がいたってだけだろ。問題はこれからどうするかじゃねぇのか」
「無論だ。アルファズル達はそのために先行している」
イーヴァルディの横槍を軽く受け流して、ガンダルフはいよいよ作戦会議の本題を切り出した。
「アルファズルは想定外の個体……いわばプラントの主とでも呼ぶべき魔物の存在を仮定し、その居場所を探し出そうとしている。フラクシヌスが同行を望んだ理由までは分からんがな」
「気になることがある、だっけ。妙なところで勘がいいからなぁ……ちょっと不安かも」
「その不安を解消することがフラクシヌスの目的だろう。現時点で何か確認事項はあるか」
ガンダルフがそう問いかけながらワイルドハントの面々を見渡す。
俺はすかさず発言の許可を求め、確かめておきたいことを尋ねることにした。
ここで黙り込んでいたら、何の疑問もないものとして取り扱われてしまうだろう。
「移動手段は何を使うんですか? かなり山奥みたいなんですけど……」
「安心しろ。プラント職員と魔力管理局の役人が往来に使う道路が整備されている。現場までは車で小一時間もあれば移動できる」
地図に視線を落とし、都市から山中までの距離と移動時間を頭の中で概算する。
徒歩や荷馬車なら丸一日は優に掛かるであろう距離だ。
夜明けから日没までという意味ではなく、文字通りの一日……夜を徹して移動し続け、出発時刻と同じ時間帯に到着するくらいの遠方である。
しかも地形が地形だからか、移動中に休めるような町や村は全くない。
ガンダルフが言っている通り、この道路は魔力プラントとやらに用事のある者だけが使う道路のようだ。
けれど馬を用いない馬車――自動車を使えば、この道程を小一時間で踏破できるという。
こんな短時間での移動を実現するためには、短距離で乗り換えること前提の早馬並みの速度を、無補給無休憩で維持することが求められるはずだ。
改めて、古代魔法文明の機巧の高性能ぶりを実感させられてしまう。
もしもこんな乗り物が現代に存在したら、物流も経済も根底から丸ごと激変してしまうに違いない。
「(本当……この時代ってのはとんでもないな)」
驚愕と同時に軽い絶望感も覚えそうになってしまう。
こんなにも発達した文明であっても、世に放たれた神獣による滅亡を免れることはできなかった。
仮に、それらのうち一体でもアガート・ラムが確保していたら――そう思うだけで頭が痛くなりそうだった。
「――では、我々も出発するぞ。車は既に店の裏へ回してある」
ガンダルフは他の質問が出てこないことを確かめてから、手の中で鍵を鳴らして立ち上がった。
……もしかして、あいつが運転するのだろうか。