第672話 ワイルドハントの仕事 後編
「どうやら大物がいるみたいだ。きっちり準備していこうぜ」
何故アルファズルがそう考えたかは全く見当も付かないが、ワイルドハントの面々は疑いを差し挟むこともなく戦闘準備に取り掛かった。
イーヴァルディは大鎚を構え直し、炫日女は器用に大太刀を抜き放って、エイルは長銃を手にして一歩後ろへ退く。
そしてガンダルフが銃弾の残数を確認して最大装填したのを見計らって、アルファズルは最後の扉を開け放った。
扉の向こうの部屋は、やたらと天井の高い大広間であった。
広間の内部にも何本もの太く四角い柱が立っていて、がらんどうでありながら視界はあまり開けていない。
大きな魔物が隠れるにはちょうどいい場所だ――そう思った矢先、太い柱の陰から三体の魔物が姿を現した。
巨大な猫型、ライオンよりも更に大きい。
四本の脚でのっそりと歩いている状態でも、顎の位置が人間の頭の高さに来るほどだ。
牙も爪も鋭く尖り、胴体も脚も強靭な筋肉で重く膨らみ、逆立つ毛皮はそれだけで鋼の鎧にも匹敵するであろう厚みを湛えている。
こんな魔物が群れを成して現れるなんて、現代ならAランクダンジョンでもなければお目にかからない光景だ。
Cランクダンジョン程度なら、単体で主を張れてもおかしくはないだろう。
しかしアルファズルの態度は普段と何ら変わらないものだった。
「思ったより少なかったな。さっさと片付けようか」
驚く暇もなく、嵐のごとき勢いで戦闘が幕を開ける。
凄まじい速度で大広間を駆ける三体の魔獣。
急加速と急減速に急激な方向転換を繰り返し、縦横無尽に翻弄する動きを見せながら、三方向から俺達に襲いかからんとする。
だが、ワイルドハントの面々は冷静沈着に迎撃体制へ移っていく。
「一番太刀、もらった!」
大太刀を担いだ炫日女が踏み込みの一閃で姿を消し、目にも留まらぬ速度で魔獣に斬撃を見舞う。
瞬く間に四太刀を浴びた一頭の魔獣が、のたうちながら柱の陰へと逃れんとする。
炫日女は直線的な加速でそれを追い、三日月のような軌跡の斬撃で柱ごと魔獣を両断してのけた。
「ぬうんっ!」
イーヴァルディが振り下ろした大鎚が床を砕く。
それは比喩でも何でもなく、大広間の床の一画が深々と陥没し、下階に貫通した大穴が穿たれたのだ。
しかし肝心の魔獣は間一髪で直撃を免れており、柱や壁、更には天井を軽やかに飛び交って、イーヴァルディの隙を突かんとする。
「ええい! 敏捷い! フラクシヌス!」
「分かっています。暴れないでください」
突如として壁から生えた蔦が魔獣の脚を絡め取る。
力を込めれば振り払える程度の拘束ではあったのだろうが、この状況では一瞬の隙も命取りだ。
「どっせぇい!」
イーヴァルディが真横に振り抜いた大鎚が魔獣の頭に直撃し、胴体までも原型のない肉片に変え、余波で壁を吹き飛ばして床と天井まで抉った巨大な穴を開けてしまう。
なんてデタラメな一撃だ。
使っている武器や込めた魔力などの条件は変わってくるが、トラヴィスの魔力撃といい勝負だろう。
建物全体が激しく揺れ動く中、残る魔獣が後衛の俺とエイルに狙いを付ける。
「わわっ! 来た……!」
慌てて銃を構えようとするエイル。
そのとき横合いからガンダルフの銃弾が飛来し、魔獣の側頭部に直撃する。
だが、それは毛皮を貫通することなく、体勢をぐらりと揺るがす程度のダメージに留まった。
魔獣は狙いをガンダルフに切り替え、間髪入れずに飛びかかる。
ガンダルフは毛皮部分に拳銃が通じないと即座に判断し、無防備な眼球を狙うように引き金を引く。
ところが、拳銃の発射機構はカチリと中途半端な音を立てただけで、閃光と轟音が響くことはなかった。
「不発っ!?」
焦って声を上げるエイル。
魔獣はこの不測の事態への対応すら許さず、得物が故障したガンダルフに突進して鋭い牙を剥いた。
「――ふん」
ガンダルフのしなやかな腕が魔獣の顔面を鷲掴みにする。
そしてそのまま半回転させるように素早く捻りを加え、魔獣の太い首をごきりと捻じ折ってしまった。
目の前で繰り広げられた光景に言葉も出ない。
大型魔獣を素手で縊り殺したのか? しかもエルフが片腕で?
何なんだガンダルフは。魔将ノルズリやアウストリよりも――ノルズリは本来の肉体の場合だが――身体能力が強烈なんじゃないのか。
魔法で身体能力を強化しているなら納得も……いやそれでもやっぱり規格外だ。
思えば魔王戦争の最終局面で、ガンダルフは第一階層で活動するための偽りの肉体でありながら、トラヴィスとダスティンのAランク二人に、ガーネットとサクラ、果ては竜人化させられた勇者ファルコンまでも纏めて相手取っていた。
あのときは魔法も交えての戦いではあったが、白兵戦だけでもいい勝負ができたんじゃないかと思わずにはいられない。
「ガンダルフ。だから剣くらい持っておけと言っただろうに。新兵器ってのは信頼性に欠けるんだ」
「結果的にも必要はなかったがな」
イーヴァルディの苦言に、ガンダルフが軽く眉を潜めて言い返す。
無関心に突き放しているようにも聞こえるが、新しい武器に興奮する真っ当な感性があることを念頭に置いて考えると、ただ素直に認めるのが悔しいだけだったりするのかもしれない。
「お……終わった? 全部片付いた?」
エイルが心の底から安堵した様子で周囲を見渡す。
まるで洞窟に連れ込まれたカナリアのようなか弱さだ。
こちらもこちらで、前々から彼女に抱いていた印象がどんどん塗り替えられていく。
あの人を人とも思わないエイル・セスルームニル議員にも、エルフの年齢基準で少女だった時代はあった、ということだろうか。
もちろんこの時代のエイルにも、ワイルドハントの一員であるに足る能力があるのだろうが、どうもそれは戦闘能力ではないらしい。
「……あれ? ちょっと待てよ、俺の分は」
「獲物は早い者勝ちですよ、アルファズル。報酬はチームで等分ですから安心してください」
炫日女が満足気に大太刀の刃を拭う。
ガンダルフに文句をつけたときと完全に矛盾しているが、本人にそれを気にする様子はなかったのだった。




