第672話 ワイルドハントの仕事 前編
目的地の高層建築の内部は、装飾がほとんどない殺風景で荒涼としたものであった。
建物を放棄する際にインテリアを除去したのか、それとも時間経過で崩落が進んでしまっているのか。
ガラス製の扉を潜った先のエントランスホールでは、アルファズルを始めとしたワイルドハントの面々が、俺とガンダルフの到着を今か今かと待ち受けていた。
「おっ、来た来た!」
「遅いですよ、新入り。こっちの準備はとっくに万端です」
俺達の到着にすぐ気が付いたのは、エイルと炫日女の二人だった。
動きやすそうだが防御力の低そうな軽装のエイルに対し、炫日女の方は東方風の装束の上から要所要所にこれまた東方風の装甲を身に着けている。
しかも彼女の得物は身の丈に迫る長大な刀だ。
あまりの長さに、サクラのように腰から下げることができないのか、斜めに背負うような形で身に帯びている。
対するエイルはパッと見で武装しているようには思えない。
それらしきものを肩掛け鞄のように背負ってはいるが、どういう使い方をするものなのか見当も付かなかった。
「揃ったんなら、さっさと片付けちまおうか。そんでもって打ち上げだ。二十年モノが入ったんだろ?」
「相変わらず、酒のことについては耳聡いですね。一体どこから噂を聞きつけたんですか」
大金槌を担いで笑うドワーフのイーヴァルディに、樹人のフラクシヌスが呆れた声を返す。
フラクシヌスもエイルと同様に防具を装備しておらず、至って自然体な格好で佇んでいる。
「はっはっは! 酒飲み仲間の繋がりを甘く見るなよ? ところで、ガンダルフ。くれてやった『銃』の具合はどうだ?」
「悪くない。白兵戦用の武装は取り回しが第一だ」
「ならよかった。しかしな、拳銃はまだ実用化できたとは言い難い試作品だ。小型化も連装化も両方ともな。あんまり過信はせずに普通の剣も装備しといた方がいいぞ」
「ふん、考えておく」
端から見ている俺からも、あまり真剣に考えるつもりがないなと分かる反応だ。
「そんなことよりも、アルファズルはどこだ。まさかまた独断専行を――」
「おっ、全員揃ってるな」
俺とガンダルフが入ってきた玄関から、アルファズルが陽気な態度で建物の中に入ってくる。
「どこに行っていた」
「ちょっと拠点に忘れ物をな。ルーク、もしものときはこいつで身を守るといい。使い方はエイルかイーヴァルディから聞いてくれ」
アルファズルがそう言って俺に手渡したのは、エイルが肩に下げているものと同じ、金属部品と木製部品が組み合わさった筒のような道具だった。
クロスボウから弓を外し、本体部分だけを数倍に伸ばしたようなもの、とでも言うべきだろうか。
「あ、それ私のお下がり?」
「もう使ってないだろ? 倉庫でホコリを被らせとくのも勿体ないと思ってさ」
銃――そう呼ばれる武器を手にすると、ずっしりとした鉄の重みが伝わってくる。
これはきっと危険なモノだ。
使い方も分からない段階で直感が働くほどの存在感。
初めてクロスボウを手にしたときにも同じようなことを思ったが、これはそのとき以上の確信だった。
「よし、それじゃあ出発しようか。下の階から順番に巡回していこう」
アルファズルの指示でエントランスを出発し、まずは一階を踏破するように廊下を巡っていく。
建物内に潜んでいた魔物は、ガンダルフが予想していた通り、化け猫じみた中型の魔物の群れであった。
サイズは大型犬ほどだが、爪も牙も鋼のように硬く鋭く、凄まじい敏捷性で壁や天井すらも駆け回る代物だ。
群れといっても、どれかの個体が統率して組織的に行動しているわけではなく、勝手気ままに動く複数の個体がこの建物を根城にしていると表現した方が正確だろう。
よって、戦闘は散発的かつ予測不能で不意打ちばかり。
一切の法則性なく物陰や曲がり角から襲いかかってきては、その都度ワイルドハントの面々が返り討ちにするという状況が繰り返される。
……厳密には、魔物の奇襲の大部分はガンダルフが素早く片付けてしまっていたのだが。
「ふん、芸のない」
物陰から飛び出してきた化け猫に、ガンダルフが素早く拳銃の先を振り向けて引き金を引く。
閃光と炸裂音を伴って放たれた鏃だけの矢弾が魔物を穿ち、怯んだところに二発、三発と立て続けの連射が叩き込まれる。
「そろそろこの階層も片付いただろう。次は最上階だな」
「あのですね! ちょっといいですか、ガンダルフ! さっきから獲物を独り占めしっぱなしじゃありません? 出てきた傍から撃ち抜かれてたら、私達の仕事がなくなるじゃないですか!」
「拳銃弾で仕留められる雑魚にお前達が出張るのは、いくら何でも魔力の無駄遣いだろう。蟻を潰すために大岩を投げつける必要がどこにある。大物が出るまで取っておけ」
「むー……ボス級がいなかったら恨みますよ」
暇をさせられて不満げな炫日女の抗議を、ガンダルフは冷徹な表情で軽く聞き流し、淡々と拳銃に弾丸を補充していく。
ここに至るまでの戦いで、アルファズルや炫日女は全くと言っていいほど魔力を使っていない。
大部分はガンダルフが撃ち抜き、残りはたまにイーヴァルディが大鎚を奮って潰したり、フラクシヌスが植物の蔦を操って絡め取って締め上げたりという具合だ。
冷徹にして無情。
こんな些細なところでもガンダルフの気質が見て取れるとは――なんてことを考えていると、エイルがくすりと笑いながら俺に耳打ちをした。
「新しい武器に興奮してるみたいね。珍しくはしゃいじゃってるみたい」
「はしゃ……!?」
びっくりするくらいに似合わない表現を囁かれ、俺は先頭のガンダルフと隣のエイルの間で何度も視線を往復させた。
興奮してはしゃいでいる? ガンダルフが?
あいつにもそんな感情の動きがあったのか?
とても言葉にできない驚きに揺さぶられている間に、ワイルドハントの面々は最上階へと歩を進めていく。
階段を上った先は、これまでの階層とは違い、まっすぐな廊下が一本だけ伸びている造りだった。
そして廊下の奥には大きな扉が一つ。
これが名実共に最後の部屋のようだ。
扉に手をかけようとしたイーヴァルティを、アルファズルが背後から制した。
「どうやら大物がいるみたいだ。きっちり準備していこうぜ」




