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第67話 少女達の反省会、それと酒

『日時計の森』を後にして地上に戻り、暗い夜道を通って我が家であるホワイトウルフ商店へたどり着く。


 昼間に家を出て半日振りの帰宅となるわけだが、不思議と長いこと帰って来なかったような錯覚を感じてしまう。


 それくらいに密度の濃い時間を過ごしたということだ。


 吊橋の【修復】だけだったはずが陣地の【修復】に発展し、最終的に魔王軍の幹部と一対一の死闘を繰り広げることになってしまった。


 俺達四人が無事に帰ることができたのは、本当に幸運だったと言うより他にない。


「ただいま……っと」

「おかえりなさい。ルークさん、ガーネットさん」


 店の入口ではなく勝手口の方から家に入ると、シルヴィアがパタパタと駆けつけて迎えに出てくれた。


 美味しそうな料理の匂いが廊下の向こうから漂ってくる。


 それだけで疲れが取れそうなくらいで、どうしようもなく食欲を刺激されてしまう。


「サクラとノワールはもう帰ってきてるよな。先に食べてていいって言っておいたはずだけど……」

「えっと、なんて言いますか……」


 シルヴィアは困り顔を浮かべながら、俺とガーネットをダイニングルームに連れ込んだ。


 困り顔の理由はすぐに分かった。


 せっかく料理が出来上がったばかりだというのに、サクラもノワールもそれどころではなさそうだったのだ。


 まずサクラは形の良い眉の間に(しわ)を寄せて、真剣な面持ちで何かを考え込んでいる。


 一方、ノワールは椅子の上で膝を抱え、長い黒髪をだらりと垂らしたまま塞ぎ込んでいた。


 とてもじゃないが、これから楽しい食事を始めようという雰囲気には思えない。


「あー……なるほどそういう……」

「私いちおう部外者ですし、理由を聞いたりするのはダメかなーと思って、ルークさん達が帰ってくるのを待ってたんです。だってほら、秘密の情報とかに関わっちゃうなら聞けないですし」


 シルヴィアの視点だと、俺達が黄金牙騎士団の直々の秘密依頼を受けて出かけたかと思ったら、夜になって何故かノワールだけが戻ってきたうえ、行きにはいなかったはずのサクラまでついて来たのだ。


 確かにこれは『何かあったんじゃないか』と思われても仕方がない。


「機密とかそういうのは関係ない……と思う」

「別に深刻な事情じゃねぇよ。こいつら二人とも、考えてたとおりの働きができなくって落ち込んでるだけだぜ」


 ガーネットはずかずかとダイニングルームを横切ると、食卓ではなくソファーに腰を下ろした。


 そして、疲れを感じさせる表情で天井を仰いだ。


「……まぁ、オレも他人(ひと)のことを言える立場じゃねぇんだけどな」

「あ、増えた」


 シルヴィアが真顔でぽつりと呟く。


 俺としては、三人とも本当によく頑張ってくれたとしか言いようがないのだが、本人達にとっては多大な不満が残る結果であったらしい。


 気持ちは分かる。

 他人からの評価はどうあれ、自分自身に期待していた成果を出せなくて落胆した経験は、俺にだって何度もある。


 けど、今は少しばかりタイミングが宜しくない気がする。


 せっかく料理を作ってくれた本人の目の前で、料理に手を付けず冷めるに任せてしまうのは、流石にシルヴィアに悪いだろう。


 何か言っておかなければと思った矢先、シルヴィアが颯爽と行動を起こし始めた。


「ガーネットさん!」

「お、おう? ……うおわっ!?」


 尻に敷いていたクッションをシルヴィアに思いっきり引き抜かれ、ガーネットはソファーから思いっきりずり落ちてしまった。


 そして立ち上がろうとしたところでシルヴィアに腕を取られ、そのままダイニングテーブルまで引っ張られて椅子に座り直させられる。


「はい! 皆さん顔を上げてください!」


 シルヴィアはテキパキとテーブルに料理を並べると、サクラの頬を挟むように軽く叩き、ノワールの前髪をどこからか取り出した大きな髪留めで上げさせ、全員の意識を内側から食卓へ引き戻した。


「お腹が空いてるのは分かり切ってるんです。何度もお腹を鳴らしてましたからね! そんな状態で考え事したって上手くいくはずありませんよ?」


 腹の虫を鳴かせていたことを暴露され、サクラはわずかに、ノワールは大きく顔を赤らめた。


「いっぱい食べて、温泉で温まって、ぐっすり寝て。悩むのはその後にしないと、心と体の栄養が持ちません。そもそもグリーンホロウは、そうやって休みたい人を迎えるための町だったんですから。分かりましたか?」


 三人はすっかりシルヴィアの勢いに押され、揃ってこくこくと頷いた。


 何というか、まるで母親の剣幕に圧倒される子供のように思えてしまう。


 年齢的にはシルヴィアは四人の中でもかなり若い方で、ガーネットだけが同じくらいだったはずなのだが。


「はい! それじゃ、晩御飯にしましょう!」


 シルヴィアの満面の笑みが合図となって、ようやく待望の食事の時間が幕を開ける。


 メニューは相変わらずの絶品揃い。

 張本人なので当然といえば当然だが、春の若葉亭で出される料理そのままの味わいがテーブルに並んでいる。


 三人もいざ食べ始めるとすっかりそちらに気が行ってしまい、食べることに夢中になってしまったようだった。


 そうして料理があっという間に減っていき、用意されていた酒もどんどんなくなっていく。


 ……というか、四人だけで食べてるにしては、酒の減りが異様に早い気がする。


「…………」


 ノワールは手元のコップに葡萄酒を遠慮なく注ぐと、そのままぐいっと傾けた。


「……はうぁ……あのですね、あんなの怖いに決まってるんです……牢屋に閉じ込められてる間、ノルズリとかが何度も様子を見に来てたんですから……思い出して怖くなるに決まってるじゃないですかぁ……」


 誰も聞いていないのに、ノワールがいきなり弱気な話を語り始めた。


 あれは明らかに酔いが回っている。

 というか、普段より喋り方が滑らかになっていないだろうか。


「そういうことなら逃げなかっただけご立派れす! 逃げる輩は本当に躊躇なく逃げますからね! 御山(ミヤマ)で修行をしていたときも、脱走者の手際にはいつも舌をまきらした!」


 ノワールの語りにサクラが乗ってきたが、こちらは逆に喋りが怪しくなってきていた。


 東方人は酒精(アルコール)に弱いという俗説を、どこかで聞いたことがある。

 ひょっとして、あれはそろそろ止めた方がよかったりするのだろうか。


「あー! くそっ、情けねぇ。なーんであそこで避けらんなかったかなぁ」


 林檎酒(シードル)をジュースのように飲みながら、ガーネットがぶつぶつと呟いている。


 さっきのように陰鬱な後悔ではなく、普段と変わらない雰囲気での自己採点だ。


 後ろ向きな後悔よりも前向きな反省の方がずっといい。


 そういう意味でも、今のガーネットは安心して見ることができた。


 ……ところで、グリーンホロウ・タウン周辺の法律では、ビールやワイン、シードルといった弱い酒は十五歳から、蒸留酒などの強い酒は十七歳から飲むことが認められている。


 この場にあるのは全て弱い酒なのだが、ガーネットは十五歳だったか、それともまだ十四歳だったか……。


 十六歳と聞いた覚えがないわけでもなかったが、俺も既にだいぶ酒が入っているので、今ひとつ記憶が曖昧だった。


「結局、反省会みたいになっちまったな」


 何気なく感想を呟くと、シルヴィアはにっこりと笑顔を浮かべた。


「これでいいんです。悩みは溜め込むのが一番ダメで、吐き出せるものならすっきりしちゃった方がいいんですよ。じっくり考えるのは明日からってことで」

「……違いない」


 さすがは宿屋の看板娘。

 こういう状況の取り扱いにはよく慣れている。


 やがて食事も終わり、酔いの回ったサクラとノワールを、シルヴィアが春の若葉亭まで連れて帰っていった。


 食事の後片付けもシルヴィアが全て済ませてくれた。

 そこまで含めての有料出張料理サービスとのことだったが、ありがたいことこの上ない。


 俺は朝に作り置きしておいたハーブティーを二杯、なみなみとコップに注いでから、その片方をガーネットの前に置いた。


 ガーネットは酔い潰れてはいなかったが、ダイニングテーブルに突っ伏してほとんど動かないでいた。


「寝る前に一杯飲んでおけよ。酒ってのは飲めば飲むほど渇くものなんだからな」

「おう……助かる……」


 ちゃんとコップを受け取ったのを確かめてから、俺は自分のハーブティーを喉に流し込んで、ふと頭に浮かんだ言葉を何気なく口にした。


「まぁ、あれだ。お前は色々と思うことがあるんだろうけど、俺としては今後もお前を頼りにしたいと思ってる」

「…………」

「これからもよろしくな、ガーネット」

「…………」


 ガーネットからの返事はない。


 腕を枕にでもするように顔を伏せ、テーブルに突っ伏したまま動かなくなってしまった。

ちなみに、作中の飲酒に関する法律は、現代のイギリスの規定からマイナス一歳したものだったりします。

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