第662話 過去からの呼び声
それから俺達は、簡単な昼食を取りながらささやかな雑談に花を咲かせた。
内容は取るに足らない近況報告。
ここ最近は落ち着いて話す機会があまり取れなかったので、その分の物足りなさを埋めるつもりで語り合う。
当然といえば当然だが、俺とフローレンスの間には『仕事の話をしない』という暗黙の了解ができていた。
部外者の出入りもある場所だからというのもあるが、それ以上にリサの前でするには少しばかり物騒過ぎる。
「……あら、もうこんな時間。ごめんなさいね。次の用事があるから、私達はこの辺りで」
「そうか、やっぱり支部長は多忙だな」
「いえ、今日はリサをお医者さんに診せにいくの」
「あん? どっか悪ぃのか」
訝しげに眉をひそめるガーネットに――分かりにくいが心配しているようだ――フローレンスが笑って首を横に振る。
「悪かったのよ。ちょっと前までは都会の方で暮らしてたんだけど、体調を崩すことが多くてね。お医者様から転地療法を勧められてたの」
「そこにホロウボトム支部の支部長にならないかって誘いが来たんだよな」
「実はこの子が生まれる前にも一度だけ来たことがあってね。水も空気も綺麗だったことを覚えていたから、あそこならきっと体も良くなるだろうって」
「へぇ……ああ、そういやそんなこと言ってたような気がするな。てことは、医者に行くってのもどれくらい良くなったかの確認か」
ガーネットはフローレンスが来た当時のことを思い出したらしく、納得顔で小さく頷いた。
リサの療養も兼ねてグリーンホロウに来たというのは、当初から本人の口から語られていたことだったが、あまり大袈裟に騒ぎ立てたりもしなかったので、ガーネットが失念していても何の不思議もない。
俺がよく覚えていたのは、昔からの友人であるという理由があるからだ。
「んじゃ、またな。体は大事にしとけよ」
検診に向かうフローレンス達を見送って、俺達も食堂を出てギルド支部を後にする。
ここでやるべきことは全て済ませた。
とりあえず地上に戻ることにして、次は何をするとしようか。
日没まではまだ時間があるから、とりあえず店に戻って仕事の手伝いでもした方が……なんてことを考えながらいつもの山道を歩いていると、ガーネットがふと何かを思い出したような顔で立ち止まった。
「忘れるとこだった。会議中にアレクシアの奴が支部に来たんだが、お前に頼みたいことがあったみたいだぞ」
「アレクシアが? 何かあったのか?」
「さぁな。まだ会議が終わってねぇと言ったら、伝言も残さずに帰っちまったな。支店に荷物を届けに来たついでの話みてぇだったし、あんまり急ぎの用事じゃねぇんだろ」
「そうか……どうせこれから店に戻るんだし、そのときに聞けばいいか」
あいつが俺に頼み事をするとなると、用件は自ずと限られてくる。
大抵は新開発の機巧の研究費や材料費などの予算調達が目的だが、ひょっとしたら第三階層への突入作戦のための大型装置に関する相談かもしれない。
前者なら日常的な要請だし、後者なら部外者が多い場所で伝言を残さなかったのも納得できる。
まぁ、これから本人に聞けばいいだけの話なのだから、いちいち頭を使って仮説を立てる必要もないだろう。
ホワイトウルフ商店の正面玄関から店内に入ると、棚陳列をしていたノワールが小声でテンプレートな挨拶を呟き、それから客ではなく俺達であると気付いてハッと顔を上げた。
「ル、ルーク……ちょうど、よかった……」
「……? お前も何か用事でもあるのか?」
「私が、と、いうか……私と、アレクシア、だな……今、から、いいか……?」
俺はガーネットと顔を合わせてから、ノワールに頷き返した。
もしかしてギルド支部に来たというアレクシアの用件は、ノワールと共同の用事だったのだろうか。
店先をエリカとレイラ、そしてガーネットに任せ、ノワールと一緒に店の奥へと足を運ぶ。
そこではちょうどよくアレクシアが休憩を取っていて、俺の到着に気がつくなりいい顔で笑った。
「待ってましたよ、ルーク君。実は折り入ってお願いしたいことがありまして」
「また予算の相談か? だったらとりあえず、用途と構想から……」
「いえ、そうではなくてですね。ルーク君の『右眼』に関係がある相談なんです」
右目――いや、文字通りの普通の右眼球という意味ではなく、この場合は『叡智の右眼』のことだろう。
意外ではあったが、その能力を考えれば、アレクシアの仕事とも決して無関係ではない。
視界に収めて見据えた物を分析する『右眼』の力を活用すれば、機巧技師の仕事を大きく後押しすることもできるだろう。
ところが、アレクシアが続けて口にした内容は、そんな俺の予想から全く別方向に外れたものであった。
「以前、その『右眼』をルーク君のスキルで解析したところ、滅亡した古代魔法文明の記録のようなものに接続できたと聞きました。しかもヒルド卿やガーネット君と一緒に。よろしければ――私達にもそれを体験させてはもらえないでしょうか」




