第661話 多忙な日々と合間の日常
――ここ最近、ずっと会議ばかりを繰り返しているように感じるのは、きっと俺の勘違いではないはずだ。
地上で暗躍するミスリル密売組織にして、ダンジョン『元素の方舟』の第三階層に潜む古代魔法文明の生き残り――人間の肉体を捨て、人形に魂を宿した者達、アガート・ラム。
ウェストランド王国と魔王ガンダルフの軍勢は、アガート・ラムを敵と見定めているというただ一つの共通点を理由に、一時の共闘関係を結ぶことになった。
ガンダルフから提示された、対アガート・ラムの作戦。
それは、第二階層から第三階層に正攻法で突入すると見せかけて、奴らの知らない第四階層からの経路を利用し、本命の連合軍を第三階層へ送り込むというものだった。
言葉にすると単純だが、そのためにはとにかく膨大な下準備が必要となる。
突入経路と移動手段の確保だけでなく、陽動作戦を担当する人員の選定と訓練、更には予算や物資の調達と、やるべきことは山のようだ。
一介の冒険者なら、小難しいことは地位の高い連中に丸投げしていればよかったが、今の俺はどちらかというと後者に該当している。
結果、作戦に参加する冒険者達から散々に面倒事を丸投げされることになり、毎日のように会議や調停に追われることになってしまったわけだ。
「……それでは、突入作戦に携わるメンバーの選定は、以上の内容で本決定ということにいたしましょう」
ギルド支部長のフローレンスが、ホッとした顔で今日の会議をまとめに掛かる。
彼女もまた、責任者として多忙な時間を過ごしてきたので、ようやくその一つが実を結んだことが嬉しくて仕方ないのだろう。
もちろん俺も同じ気持ちだ。
陽動作戦のメンバー選定にはなかなか苦労させられた。
それが片付いたことに達成感を覚えないはずがない。
「ルーク団長もお疲れ様でした。ユリシーズ卿の作戦参加をお許しいただき、ありがとうございます。あの方の船は作戦の大きな助けになると思います」
「いえ、作戦への参加は彼自身の希望でしたから。フローレンス支部長こそ、冒険者の選定をほとんどお任せしてしまって、申し訳ありません」
俺とフローレンスは若手冒険者時代からの友人であるが、会議の場ではお互いの肩書に見合った態度でやり取りをしている。
白狼騎士団団長と、冒険者ギルドホロウボトム支部支部長。
お互いに、望むと望まざるとにかかわらず、作戦の中心を担わざるを得ない立場である。
「今日のところは解散といたしましょう。次回の会合の日取りは――」
「よう、お疲れさん」
会議を切り上げて食堂に向かうと、先に席を取っていたガーネットが、椅子の背もたれに体重を預けてひらひらと手を振った。
テーブルには一通り食事を終えた痕跡が残されていて、向かいの席には十歳程度の年齢の少女――フローレンスの娘のリサが澄まし顔で行儀よく座っている。
俺とフローレンスが会議に参加する間、ガーネットにはリサを見守っておくように頼んであったのだ。
「ありがとね、ガーネット君。リサはいい子にしてた?」
「まぁな。大人しいもんだったぜ。白狼のも飯くらい食ってくんだろ」
ガーネットに誘われて俺達もテーブルに就く。
母親であるフローレンスが隣りに座ったことで、リサの表情が少し柔らかくなったように見えた。
「いらっしゃいませ、ルークさん」
俺とフローレンスが椅子に座ったのを見計らったかのように、シルヴィアが満面の笑顔で注文を取りに来た。
この食堂は春の若葉亭の支店のようなものであり、シルヴィアを始めとする本館の従業員もよく手伝いに来ているのだ。
「とりあえず日替わりランチを二人分。それとベリーズケーキセットを二つ頼む。ケーキはこっちの二人に渡してくれ」
「えっ、いいんですか?」
リサが驚きながらも目を輝かせる。
ケーキセットは春の若葉亭の人気メニューだが、紅茶とケーキのセットだけでもちょっとした昼食が食べられる程度の価格にはなる。
砂糖は南方から、紅茶は東方から輸入する以外に入手できない代物であり、どうしても他の嗜好品よりも割高になってしまう。
ただし、これでも一昔前――俺達が子供だった頃と比べれば格段に安くなっているのだが。
とにかくリサのような少女にとって、ケーキセットはいつでも食べたいけれど、いつでも食べられるようなものではない、ということだ。
それと、ついでにもう一人。
リサよりは少しばかり年上の少女もまた、久々の甘味に胸を躍らせている様子だった。
「そういや若葉亭のケーキも久しぶりだな……って、ベリーズケーキ? フルーツケーキじゃなくて? ひょっとして新メニューか?」
「はい。近くの町で収穫されたベリー類をたくさん使ってみました。ドライフルーツじゃなくて新鮮な採れたてですよ」
「ストロベリーやらクランベリーやらか。お前も色々試してんだな」
ガーネットは声が弾んでいるのを隠しもせず、テーブルに頬杖を突いて笑っている。
性別を偽っているという前提を忘れているのでは……なんて心配は不要だ。
笑いっぷりも大胆すぎて、事情を知らない第三者からすれば、甘いものを愛好する荒っぽい美少年としか見えそうにない。
まぁ、本人にそれを伝えたとしても、別に甘いものが好きなわけじゃないと強弁されるだけなのだが。
「……あん? オレの顔に何か付いてるか?」
「強いて言うなら、口の横にブラウンソース。昼飯は肉だったろ」
「やべっ」
ガーネットが舌をちろりと出してソースを舐め取り、素知らぬ顔で適当な方向に視線を投げる。
その仕草が妙に可愛らしいものに思えてしまい、俺は思わず微笑みを溢し、ガーネットにじろりと睨まれてしまったのだった。