第653話
それから俺達は、島の中央で戦っていたトラヴィス達と無事に合流を果たし、お互いが挙げた成果についての情報を交換することにした。
心配はそもそも全くしていなかったものの、あちらの連中は一人残らず無事であり、わざわざ【修復】を使って傷を治す必要すらなかった。
島の中央での戦いで厄介だったのは一も二もなく物量だが、それも出現する傍から順番に片付けていけば問題なかったようだ。
「さて、まずは調査結果の報告といこうか」
俺の聞きたかったことを、アンブローズがさっそく切り出してくる。
アンブローズには鳥型の使い魔による水路深部の探索を任せてあった。
船で第三階層まで移動できるか否かは、今後の作戦の成否を左右する重要なファクターであるため、是非ともいい報告を聞きたいところである。
「結論から言おう。水路の移動中に妨害らしい妨害を受けることはなかった。加えて、水面上の広さと水面下の深さ、どれをとっても小型船舶の通過に支障はないはずだ」
ひとまずの吉報に内心で胸を撫で下ろす。
しかしまだ報告の続きがありそうな様子だったので、余計な口を挟まずにアンブローズの発言の続きを待つことにする。
「障害物になりうる防柵などはあったが、容易に破壊可能だろうね。問題はその次、水路を抜けた直後だ」
「……第三階層に到達できたのか?」
「通過した直後に迎撃を受けて接続が途絶えた」
アンブローズはとても聴き逃がせないことを、日常会話と変わりない口調であっさりと口にした。
確かに妨害がなかったのなら到達していて然るべきなのだが、その直後に迎撃を受けたというのは無視できない。
「受けた攻撃の詳細は不明だ。しかし、決して強すぎるものではなかった。送り込んだ鳥を仕留めるだけの威力はあったが、過剰な破壊力で消し飛ばされたわけでもない」
「所感でいいから聞かせてくれ。そいつはアガート・ラムの迎撃機構だったと思うか?」
「正直、どちらとも断言はできないが……やられたときに『待ち伏せされていた』とは感じなかったね」
長い裾に包まれた袖を軽く振り、アンブローズは感じたままの内容を淡々と言葉にしていく。
「第三階層の光を見た直後に、使い魔の意識が途切れたわけだが、何の気配もなくやられたものだから、最初は『操作を誤って壁にでもぶつかったか?』と思ったくらいだ」
「つまり、アガート・ラムの戦力が待ち伏せていたわけじゃなくて、低威力の迎撃装置だけが置いてあった……?」
「あるいは全く無関係な野生動物がいて、ただの不用意な鳥として狩られてしまったか。そう感じるくらいには唐突で、拍子抜けするくらいにあっさりとしていたね」
俺は腕組みをしながら口元に手をやり、アンブローズからの報告についての考えを頭の中で整理した。
水路の途中に迎撃機構はなく、多少の障害物はあったが問題なく破壊可能な程度。
しかし水路を抜けた先の情報は得られなかった。
原因は鳥型の使い魔が仕留められてしまったからだが、その原因は断定できず。
少なくともアガート・ラムの人形が待ち伏せていた様子はなく、過剰な火力を浴びたわけでもなく、単なる野生動物の狩猟対象になってしまっただけでは、という仮説も捨てきれない状況だった。
「俺としては、運悪く現地の魔物に狙われたパターンであって欲しいところだな。二羽目を送り込んだりはしたのか?」
「それは止めておいた。万が一、あれがアガート・ラムの監視下にある迎撃システムだった場合、立て続けに二羽目が迷い込んだら作為を感じられる恐れがあるからね」
「賢明だ。適切に判断してもらえて助かるよ」
第二階層の鳥が水路に迷い込んで第三階層に辿り着く――これだけなら普通にあり得るだろう。
しかし一羽目が仕留められた直後に、ほとんどタイムラグもなく二羽目や三羽目が飛んできたら、さすがに『誰かが第二階層から送り込んでいるのでは』と疑われてしまうかもしれない。
もちろんそれは、アガート・ラムが水路の出口をリアルタイムで監視している場合の話であり、ただの自動迎撃システムだったり不幸な事故だった場合には関係ないのだが、考慮しておくに越したことはない可能性である。
「二回目の先行偵察はまた後回しにしよう。船を下ろす機巧の建造と同時進行で問題ないはずだ」
「了解した。次は本業の魔法使いを連れてきてくれ。研究したいことが増えたから、しばらく研究室に籠もりたいんだ」
これまでになく感情の籠もった物言いに、思わず苦笑交じりに口元を緩めてしまう。
新しい研究対象というのは、間違いなくダゴンのことだろう。
あの戦いの経験を真っ先に研究のことに結びつけるのは、研究者を本業としているアンブローズらしい発想だ。
「……ちなみに俺達は、さっきヒュドラの親玉みたいな魔獣と戦ったばかりだ。これがまた妙なことになっていてさ。どうもさっき戦ったダゴンは、このマザーヒュドラと一体化した代物だったらしいんだ」
「それは興味深い! 是非とも詳しい話を聞かせてもらえないか。魔獣というからには、そのヒュドラにもメダリオンはあったんだろう? よければダゴンかヒュドラのどちらかのメダリオンを使わせてもらいたいところだが……」
「ま、まぁまぁ。話の続きは船に戻ってからな。湖畔の面子も首を長くして待ってるだろうからさ」
珍しく語気を強めるアンブローズを宥めながら、俺は皆を連れてこの小島を出ることにした。
湖畔ではレイラと留守番組の冒険者達が、俺達の帰りを今か今かと待っている。
なるべく早く無事を伝えてやらないと、レイラが心労でどうにかなってしまいそうである。




