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第651話 

「とにかく、まずはちゃんと(おか)に上がれるようにしないとな」


 投げ渡された着衣(ズボン)を修復し、手に入れたマザーヒュドラのメダリオンをきちんとポシェットにしまい込んでから、切り立った大岩の崖面を下りていく。


「そんな下り方して、落っこちてもしらねぇぞ。普通に飛び込んだ方がいいんじゃねぇか?」

「大丈夫だって。冒険者ならこれくらいやれて当然だぞ」


 ガーネットは水面から上半身だけ出したまま、疑わしそうな視線を俺に送っている。


 崖のようというのは、あくまで垂直に近い断面になっているからであって、高さ自体は下が陸地でも足首を捻る程度でしかない。


 ましてや真下は湖なのだから、仮に飛び降りたとしても多少痛い程度で済むだろう。


 ……こんな風に油断したのがいけなかったか。


 それとも先程の戦いで予想以上に消耗してしまっていたのか。


 出っ張った岩を掴もうと伸ばした右腕が、素手ではなかったこともあってか表面の湿った苔のせいで滑ってしまい、あえなく湖面に転落してしまった。


「うわっ……!?」


 湖水の刺すような冷たさに思わず息が止まりそうになる。


 しかし最初の驚きが収まってみると、今度は水中から見上げた湖面の美しさに言葉を奪われてしまう。


 天井(そら)から降り注ぐ光が湖面に差し込むことで拡散し、無数の青い宝石を敷き詰めたかのような輝きを生み出している。


 そして揺らめく水面(みなも)に合わせて姿を変える光を背景に、しなやかな(シルエット)が長い尾を振って舞い降りてくる。


 いや――ここは水中なのだから、あくまで湖面からこちらに向かって潜ってきているだけなのだが。


 水の流れに沿って揺れる金色の髪。


 分厚く頑丈な竜革(ドラゴンレザー)の上着は水中でも厚みを失わず、体に貼り付くことなく華奢な体型を隠し続けている。


 だがそれとは対照的に、腰から下は足の代わりに大きな魚か海獣のような尾が露わになり、しなやかな動きを惜しげもなく見せながら、ゆっくり沈んでいく俺の周囲をぐるりと一回転した。


 水中なので声は聞こえないが、表情を見るだけで呆れ返っていることがよく分かる。


 この呆れ顔は、予想通りに落っこちたことに対するものなのか、それとも落水しておきながら慌てもせず、魔獣の因子を身に帯びたガーネットに見惚れていることに対するものなのか。


 ガーネットは下から抱え上げるように俺を捕まえると、力強く尾を動かして、一直線に水面へと戻っていった。


「……ぷはっ!」

「ほら見ろ、言わんこっちゃない。滑り落ちるくらいなら飛び降りた方がマシだっただろ」

「悪い悪い……うっかり手が滑ってさ」


 大きな(ひれ)になった足が一回上下に動くたび、人間二人分の重量を物ともせずに、俺を抱えたガーネットがぐんぐん前へと進んでいく。


 結局、大した会話を交わすような時間も掛からずに、多少は高低差がマシな岩場まで運ばれて、すぐに適当な岩の上によじ登らされた。


「予想以上の性能だな、そのメダリオン。水中でも全然苦しくないんだろ?」

「まぁな。だけどもう使う気はねぇぞ。作戦に使うなら他の奴にでもやらせとけ。とにかくオレはお断りだ」


 ガーネットは岩場に背中を預け、湯船でくつろぐときのように両肘を縁に乗せて、吐き捨てるようにそう言った。


 理由は言われなくてもよく分かる。


 いくら水中で自由自在に動けるとはいえ、着衣がこんな風に破断してしまうようでは、ガーネットに常用させることはとてもじゃないが不可能だ。


 主な原因は言うまでもないことではあるが、それだけでなく俺個人としても快いものではない。


 メダリオンと人体を融合させるのは、今のところ俺にしかできないことではあるが、融合する側の人間はガーネットに限定されているわけではない。


 これで手持ちのメダリオンは四つになったのだから、一つか二つはガーネット以外に使う前提で運用しても問題ないだろう。


「とりあえず、ダゴンのメダリオンを分離させるぞ。このまま戻るわけにはいかないからな」

「ちょ、ちょっと待った!」


 ガーネットは慌てた様子で湖に潜り、そして頭だけを水面に出して片腕を伸ばしてきた。


「……ん」


 淡く頬を赤らめながら、ガーネットが俺を睨みあげてくる。


 もしや、この状態で分離させろということなのだろうか。


「察しろっつーの……水がこんな透明だと……その、問題あるだろ……」

「……心配しなくても覗きやしないって」


 何も考えずにガーネットの体を元に戻せば、ほぼ間違いなく本人が心配しているような状態になってしまうだろう。


 だが俺もそれくらいは想像できているし、最初から配慮するつもりで考えている。


 こういうシチュエーションで無邪気に我を忘れられるのは、若い奴らの特権だ。


「ほら、どうせずぶ濡れなんだから、こいつでも腰に巻いて隠しとけ」


 さっき【修復】したズボンを渡し、ガーネットがそれを腰回りに巻きつけたのを確かめてから、水面に浮かんだ金色の頭にぽんと手を置く。


 そしてスキルを発動させ、ダゴンのメダリオンを手元に再実体化させる。


 滑らかな鱗に覆われた水棲生物状の下半身が、しなやかな白い脚へと瞬く間に戻っていく。


 今回の戦闘では、間接的なスキル行使というイレギュラーな方法で魔獣の因子を発現させたわけだが、ちゃんと何の後遺症もなく元通りにすることができた。


 正直、この成果はかなり大きい。


 次からは戦い方に大きな幅が生じることになるだろう。


「それじゃ、俺は向こうで待ってるから。終わったら声でも掛けてくれ」

「おう、悪いな」


 俺が波打ち際の岩場を立ち去って早々に、ガーネットが水に浸かったままズボンを履こうとする気配がする。


 けれど不慣れな水中で器用な真似をしようとしたせいか、バランスを崩して逆さまにひっくり返ってしまったような水音がした。


 やっぱり湖畔を離れて正解だったらしい。


 俺は苦笑を浮かべながら、適当な岩の陰でガーネットを待つことにしたのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 誰か乾燥機持ってきて
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