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第64話 魔王軍四魔将、氷のノルズリ

「ルーク殿! 面目ありません、敵陣に一人、飛び抜けた強敵がいるようです!」


 サクラが額の血を拭いながら叫んだのとほぼ同時に、防壁の穴を抜けて鎧姿のダークエルフが姿を表した。


 褐色の肌に覆われた大柄な肉体を、頭部を除いて金属の鎧で固めた屈強な戦士。


 エルフと呼ばれる魔族を書物でしか知らない者が見れば、イメージしていたエルフの姿との違いに打ちのめされることだろう。


 それどころか、今まで目にしてきたダークエルフと比べても、まるで別物のようだった。


「おい、白狼の……あいつ、他のダークエルフとだいぶ雰囲気が違わねぇか?」

「見るからに肉体派って感じだな」


 ダークエルフの戦士の背後では、双方の兵士が激しく相争っている。


 あの戦士は明らかに一段上の実力者だ。


 奴を穴の外に押し返してから壁を【修復】するのは、流石に現実的とは言い難い。


 もちろんこういう場合の判断も、事前にドワイト拠点長と話し合ってある。


 分断作戦。

 あれを防壁の内側に残したまま【修復】を実行し、陣地内に孤立させた上で攻撃を加えるのだ。


「(俺が壁に接近するまでの間、あいつの足を止めてもらえれば……)」


 作戦実行の合図代わりに、サクラとガーネット、そして少しばかり離れた場所にいたノワールに目配せをする。


 ところが、ノワールは俺の視線に気付くことすらなく、青ざめた顔で震えながら硬直していた。


「あ……ああ、あ……ノル、ズリ……」

「ほう、脱走者の黒魔法使いではないか。騎士共の道案内をしていたという報告は受けていたが、よもやこんなところで会おうとはな」


 サクラとガーネットが刀と長剣を手に斬りかかる。


 ところがノルズリと呼ばれたダークエルフは、一振りの大剣で二人分の斬撃を流れるように受け流してみせた。


 しかもその間にも、奴の関心はノワールの方に向けられているという余裕ぶりだ。


「置き去りにされた姉が見たら何と思うだろうな。いや、妹だったか? まぁどちらでもよいか」

「シカトぶっこいてんじゃねぇぞ、クソが!」


 ガーネットのかち上げるような一撃を、片手で振るわれた大剣が迎撃し、長剣を高く弾き飛ばした。


 【縮地】で背後に回り込んだサクラに向けて、ノルズリがもう一方の手を向け、繰り出された刃を受け止めた。


 鎧の強度だけで防いだのではない。

 接触と同時に刃と手をまとめて凍結させ、切断を食い止めたのだ。


「面白い造りをした剣だな。素材も我らの知らぬ鉱物のようだ。貴様を殺した戦利品とするも一興か」

「くっ……!」


 サクラは刀身に【発火】スキルを使用して高熱を与えると、片手で柄頭を強く叩いて氷と刃の接触を断ち、ノルズリの手中から素早く刀を引き抜いた。


 その際にノルズリの掌が鎧ごと浅く切られ、わずかな血が氷を薄く染めた。


「……ますます面白い」


 俺は攻防戦の隙を突いて防壁に【修復】を掛け、壁に開いた大穴を完全に塞いだ。


 分断は成功した。

 しかし、あのダークエルフを倒すことはできるのだろうか。


「(ノルズリ……その名前は覚えてるぞ……!)」


 かつてノワールが勇者パーティ失踪の顛末を語ったときに、一度だけ言及された名前だ。


 魔王ガンダルフに付き従い、勇者ファルコンと交戦した四人のダークエルフの戦士。

 そのうちノワールが名前を知った二人――ノルズリとアウストリ。


 武器の破損というトラブルがあったとはいえ、勇者ファルコンを打ち破った敵の一人ということだ。


「壁を塞いでみせたそれは……よもや【修復】か。目を離した一瞬に完全復元とは……ああ、そうか。そういうことか」


 ノルズリの足元から無数の氷の棘が生じる。


 サクラとガーネットが素早い反応で距離を取った直後、ノルズリは躊躇うことなく二人に背を向け、間髪入れずに俺めがけて突っ込んできた。


「元凶は――ッ!」


 速すぎる。俺の体の動きがまるで追いつかない。


 逃げ出そうとする動作が半分終わるよりも更に疾く、大剣を振り上げたノルズリが眼前に到達していた。


「――貴様かッ!」


 目にも留まらぬ速度で振り下ろされる大剣。


 その刹那の間に、【縮地】で目の前に現れたサクラが神速の斬撃で迎え討つ。


 響き渡る甲高い金属音。


 大剣の軌跡を俺から逸らした代償として、ヒヒイロカネの刀は真っ二つにへし折れて、サクラの肉体は文字通り――完全に二つの肉塊として両断された。


「――――っ!」


 自分が何と叫んだのかも分からない。


 伸ばした腕がサクラのどこかに触れた瞬間に、ありったけの魔力を注ぎ込んだ。


「――かはっ! げほっ!」


 十全の肉体で息を吹き返したサクラが、倒れそうになるのを堪えて何度も咳き込む。


 時間にして数秒、いや、長く感じただけで実際には一秒未満。

 【修復】した損壊の酷さも【修復】に掛けた時間の短さも過去最高。


 自分でも心底驚かざるを得ない奇跡のような【修復】だった。

 同じ速度の【修復】をもう一度やれと言われても、まるで実行できる気がしない。


 しかし、驚愕を覚えていたのは俺達だけではなかった。


「何だ……それは」


 ノルズリは唖然とした様子で呟き、そして怒りに顔を歪めて咆哮した。


「貴様ッ! 何をしたッ! ふざけるなッ! そんなコトが認められるかあッ!」


 怒りのままに再度振り上げられんとする大剣。


 しかしそれが振るわれるよりも先に、ガーネットがその腕を掴んだ。


「むっ……!」

「どおりゃあああっ!」


 不意打ちで怪力の干渉を受け、ノルズリは壁際とは逆の――より大勢の騎士が駆けつけてくる方向と投げ飛ばされた。


 奴を俺達から引き離し、より多くの戦力をぶつける最短手段。


 ところが――


「なあっ!?」


 ――ノルズリと騎士の間に突如として巨大な土の壁が出現する。


 ノルズリが生じさせたものではない。

 何故なら奴自身も驚愕していたからだ。


 しかし、最も早く現状に対応したのはノルズリだった。


 空中で姿勢を変えて壁に着地。

 それが合図であったかのように、土壁がノルズリを突き飛ばすかのように変形して砕け散る。


 姿の見えない『第三者』との連携によって、ノルズリが投げ飛ばされたときを遥かに上回る速度で飛来する。


 そして氷の塊を纏ったノルズリの肉体が、ガーネットと激突して防壁の表層ごと押し潰した。


「――――っ!」

「ガーネット!」


 叫びでも悲鳴でもなく、血反吐が吐き出されたのを見た。


 俺はガーネットを【修復】する以外のことを何も考えられず、なりふり構わず一直線に駆け出していた。


 立ち上がったノルズリが大剣を手に振り返り、挑発をするようにガーネットの脚を踏み折った。


 その瞳は俺に対する殺意だけで燃え上がっていて。


 故に、視界の外から襲いかかった刺客に気付くことができなかった。


「グガアッ!?」


 ノルズリの右目に短剣が突き刺さる。


 それを握っていたのは、突如として上から降ってきて、軽業のようにノルズリの両肩に着地したナギであった。


「今だ! やれ!」


 高速移動スキルでナギが姿を消した反動で、ノルズリが更に体勢を崩す。


 ノルズリは苦し紛れに大剣を振るうも、片目を潰され体勢を崩された状態では狙いをつけることもままならず、大剣は俺の頭上を通過して防壁に突き刺さった。


 その下を駆け抜ける一瞬、俺は大剣と防壁に魔力を流し、その両者を【融合】させた。


 岩に刺さった抜けない剣を作れという奇矯な貴族のオーダー――かつてそれに応えた能力を使い、ノルズリの大剣を防壁と一体化させてやったのだ。


 【分解】してしまえば一瞬で諦めもつくだろうが、これなら単に抜けなくなったのと区別がつかず、余計に時間を浪費するはずだ。


「ガーネット! すぐに治してやるからな……!」


 狙い通りにノルズリが大剣を引き抜こうとあがいた隙に、気絶したガーネットを抱きかかえて走りながら【修復】を発動させる。


 なんて皮肉だろう。

 今度は俺がガーネットを両腕で抱き上げる立場になってしまった。


「馬鹿野郎……こんな形でやり返せたって嬉しくも……」

「逃がすかぁ!」

「ルーク殿!」


 瞬間移動系スキルである【縮地】によって、サクラが俺の背後に駆けつける。


 直後、凄まじい冷気が周囲を駆け抜ける。


 次の瞬間、俺の行く手を――いや、四方を歪な氷のドームが覆っていることに気がついた。


「人間共の要塞が瞬く間に出現したことも……この作戦が失敗に終わりつつあることも……全ての原因は貴様だった……貴様一人だけだった……!」


 この内側にいるのは俺達の他にはノルズリただ一人。


 氷壁に手を触れて【分解】を試みるも、破壊する側から再生成されてしまい、突破にはかなりの時間が掛かりそうだった。


「我々は見誤っていた! 抹殺すべきだったのは! 他の誰でもなく! 貴様だったのだ! 貴様だけは、この私が殺す! その首をガンダルフ陛下に捧げてみせよう!」

「ああ、そうかい……」


 完全に【修復】を終えたガーネットを地面に寝かせながら、俺はかつてガーネットに言ったことを思い出していた。


 ――もしも大事な奴が同じ目に遭わされたとしたら、自業自得で破滅した程度じゃ許せなかっただろうな――


 ――他の連中が何と言おうと、自分の手で心ゆくまで報復したがったと思うぞ――


 ああ、そうだ。そのとおりだとも。


 だからこそ、無謀だと分かっていても口にせずにはいられなかった。


「奇遇だな。俺もお前を殺したくなったところだ」

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