第635話
魔王ガンダルフと管理者フラクシヌス――彼らはどちらも古代魔法文明をアルファズルと共に生きた者同士だ。
お互いのことを友人と思っているかどうかはともかくとして、若き日の思い出を共有した相手は気にかけずにいられないのだろう。
『さて、今しがた申し上げました通り、私はウェストランド王国と魔王ガンダルフの間に協定が結ばれたことを把握していますし、その是非について意見できる立場にはありません』
「もちろん、こちらとしてもアスロポリスのスタンスには理解を……」
『しかしながら、イーヴァルディとの戦いに無関係を決め込むわけにもいきません』
唐突にフラクシヌスが予想外のことを口にしたので、俺は言いかけた言葉を飲み込んで詳しい話を聞く構えに移った。
『アスロポリスは中立都市。ですが中立とは争いを放棄するものではなく、自らを害する者に自らの意志で立ち向かうことも必要となります』
「……それは、つまり」
『前回の議会において、アスロポリスはアガート・ラムを正式に敵対勢力であると認定しました』
フラクシヌスの宣言には固い決意が込められていた。
中立都市の管理者として、為政者として。
そして住民の平穏な生活を支える守護者として。
この街を長年に渡って見守り続けた者としての強い意志を感じずにはいられない。
『アスロポリスは追われ虐げられた者達の寄る辺。そこに武力を差し向け街を焼いた者達を看過することはできません。安全とは、危険を排除する力と信頼あってこそ担保されるものなのですから』
「なるほど……魔王軍が敵対を回避したのも納得だ」
『かつて第一階層へ逃れるガンダルフが、この街のダークエルフを連れていったときも、武力による強制的なものであれば全力で反撃をしていたのでしょうが……』
「それも承知の上だったから、煽動やら搦め手やらで武力対立だけは回避したと。目に浮かぶようですね」
ダークエルフは長い年月を生きてきた魔族だから、昔からの顔馴染みに説得させたのかもしれないし、あるいはかつて結んでいた魔法的な契約なり何なりを盾に強要したのかもしれない。
もしくはもっとシンプルに、政治的な煽動で自分達に協調するよう誘導したのかもしれない。
具体的な手段は勝手に想像するしかないけれど、魔王軍がフラクシヌス達の方針の隙を突いて、アスロポリス在住のダークエルフを戦力に取り込んだ様子は簡単に思い浮かべることができる。
脳筋な残虐さで人狩りをするような奴らなら、俺達もあそこまで苦戦させられてはいないのだから。
「アガート・ラムを敵と認定したということは、人形達が難民として逃げ込んできても受け入れたりはしないのですね」
『基本的には。人間の避難民に成りすまして破壊工作を行ったというのもありますので。ただし、戦争捕虜としての身柄の保障は行う予定です』
まぁ、妥当なところだろう。
いくら人間も魔族も分け隔てなく受け入れる中立都市とはいえ、その善意を利用してあんな大規模破壊をやらかした連中をあっさり受け入れてしまったら、学習能力がないのかと謗られても仕方がない。
かといって、何があっても絶対に壊す以外の選択肢を取らないというのは、あちらの構成員の逃げ道を潰すことに繋がって逆効果になる恐れもある。
俺は軍事方面は専門外なのだが、敵を包囲するときは逃げ道を作るように、という定石は何度か耳にしたことがある。
逃げ道を全て潰してしまうと、相手は文字通り死ぬまで戦い続ける状態になり、どうせ死ぬなら少しでも道連れにしようという発想に至ってしまい、包囲している側の被害も甚大になってしまうらしい。
なのであえて逃げ道を作り、戦って死ぬよりも逃げ出して生き延びることを選ぶ奴が続出するように誘導する方が、却って勝ちやすくなって自分達の被害も減るのだそうだ。
投降すれば命だけは取られない――この逃げ道があるとないとでは、戦いの推移も大きく変わってくるに違いない。
少なくともアガート・ラムの構成員達の自己認識は、命なき人形などではなく、肉体を別物に置き換えただけの命ある人間なのだから。
「管理者フラクシヌス。アガート・ラムを敵対勢力に認定したということは、俺達と共闘してもらえるという認識でよろしいのでしょうか」
『いいえ、残念ながらそれはできません』
フラクシヌスの返答からは、俺達に対する申し訳無さだけでなく、共に戦えないことへの口惜しさのようなものも感じられた。
『中立都市という名目上、いくら共通の敵を持っているとはいえ、外部勢力と軍事的に手を結ぶことはできないというのも、確かにあります。しかしそれ以前の問題として、我々には自衛を行う以上の戦力の余裕がないのです』
「ああ……なるほど……」
これには納得せざるを得なかった。
アスロポリスは第三階層の支配者層から逃れた魔族達……いわば難民を保護する場所として生まれた都市だ。
時代を経るに従って少しずつ変わってきてはいるようだが、他所の階層まで派遣できるような戦力を持ち合わせている様子はない。
そもそもアガート・ラムの潜入部隊が牙を剥いたときも、アスロポリス自身の防衛戦力だけでは手が回りきっていないように見えたくらいだ。
アガート・ラム側としては少数精鋭を潜入させたに過ぎなかったはずなのに、アスロポリスの全戦力を持ってしても危うかったのなら、こちらから乗り込んで戦いを仕掛けるなど夢のまた夢である。
『ですが、我々もただ仕掛けられるのを待っているわけにはいきません。中立の原則の範疇で支援をさせていただきます。具体的には、冒険者に対する後方支援の充実……それと情報提供を』
「助かります。それだけでも充分過ぎる支援です」
『手始めに、あなた方が第三階層へ乗り込む手段として選択した地下水路……その座標への安全な移動経路を案内させていただきましょう』
願ってもない提案に、思わず口元が綻んでしまう。
例の突入経路の場所は、魔王軍からある程度の情報を提供されているものの、まだ実際に誰かが赴いたことはない。
だからこそ俺達が下見として派遣されたわけなのだから。
そこまでの案内をしてもらえるというのなら、むしろこちらから頭を下げて頼み込みたいレベルの支援である。
『準備ができたら仰っていただきたい。現地までの道を知る者をすぐに用意させていただきます』




