第634話
久々に訪れた中立都市は、最後の訪問のときと比べて格段に賑やかさを増していた。
昼が失われていた頃とはまるで別の町のようだ。
樹木をそのまま建物と混ぜ合わせたような住居が建ち並ぶ町を、多種多様な魔族と人間の冒険者達が往来し、誰も彼もが活気あふれる表情で日常を送っている。
「冒険者も随分と馴染んできたみたいだな」
俺が漏らした呟きに、トラヴィスが感慨深そうに頷いた。
「お互いの努力の賜物だ。考えなしに生活圏を重ねたところでトラブルを生むだけだが、双方の現地代表者が上手く調停に調停を重ねたおかげで、どちらも納得できる形での共存が続いているわけだな」
「代表者というと、ひょっとしてトラヴィス様のことですか?」
先日の忠告を忘れていなかったのか、レイラが俺を挟まずトラヴィスに直接声を掛ける。
レイラは魔物だらけの街並みに戸惑いと不安を抱きながらも、トラヴィスがすぐ近くにいる安心感からか、恐怖心を感じる程には至っていないようだった。
「ははは。俺や同じランクのロイは頻繁に探索で拠点を離れるからな。柔軟な対応が必要な折衝役は向かんのだ。なので、そういった仕事は適正のあるBランクに任せてある」
「なるほど……色々と考えていらっしゃるのですね……」
「本当ならルークに丸投げしてしまいたかったのだが」
「それは本当に過労で死ぬぞ」
冗談めかした会話を交わしながら大通りを歩いていると、一人の年若い樹人が俺達の前に立った。
長く伸ばされた植物的な質感の緑髪。
装身具のように全身を飾る花弁。
人間的な四肢の末端に絡む細い蔦。
これまでに幾度も顔を合わせてきた樹人の若木だ。
「お久しぶりです、ルーク・ホワイトウルフ様。ご用件はトラヴィス様から窺っております」
「君がお出迎えということは、ひょっとして管理者フラクシヌスからお呼び出しかな?」
そう返答してから、初めて見る樹人に驚き戸惑うレイラに、目の前の相手がどんな立場の魔族なのかを簡潔に説明する。
「フラクシヌスの御使いのポプルスだ。フラクシヌスについては出発前に教えたよな」
「は、はいっ。この町を管理している樹人の古樹であると聞いています」
ポプルスは整った人形的な顔に笑顔を作ってみせてから――これは単に人間らしい表情に慣れていないだけだ――改めて用件を口にした。
「お察しの通り、フラクシヌス様はルーク様にお会いしたいとおっしゃっています。貴方様のご都合に合わせた時間帯で構いませんので、どうかご足労願えませんでしょうか」
「分かった、今からでも構わないか?」
むしろ今後の予定を考えると、一旦宿泊場所へ立ち寄るよりも、このままフラクシヌスがいる大議事堂に赴いた方が効率的だ。
ポプルスが頷いて承諾してくれたので、俺はトラヴィスに向き直って当面のことを押し付けてしまうことにした。
「というわけで、ちょっと行ってくる。ガーネットは連れて行くから、他の連中のことはしばらく任せた」
「他の連中? 騎士達もか」
「宿泊場所まで案内してくれたらそれでいいからさ。後はこっちでやったらいけないことの説明と、人間が経営してる換金所の場所と、立入禁止区域の……」
「要求が多い。まったく……分かったからさっさと行ってこい。どうせその辺りは俺がやることになるだろうと思っていたさ」
呆れ顔のトラヴィスに送り出され、俺はガーネットを同行させて目的地を大議事堂に切り替えた。
樹木と一体化した建物が生い茂るアスロポリスにあって、ひときわ大きな一本の大樹。
これこそがアスロポリスの政治的中枢にして、古の樹人フラクシヌスが姿を変えたこの世に一つの大樹。
俺達はポプルスの案内で大樹の中の廊下を進み、誰にも阻まれることなく大議事堂へとたどり着いた。
ちょうど会議が行われていない時間帯だったらしく、大議事堂は最低限の警備を除いて無人だった。
最奥の壁の内側に宿る光――フラクシヌスの核たる魔力の輝きがゆっくりと明滅し、肉声とは異なる不思議な響きの声がする。
『お待ちしていました。貴方とこうして対面するのは久方振りですね』
「こちらこそ、あまり顔を出せなくて申し訳ない。焼けた部分もすっかり元通りになったようで何よりです」
かつてアガート・ラムの潜入部隊が、地上から迷い込んだ人間に成りすまして街に潜伏し、邪魔なフラクシヌスの暗殺を目論んで大規模な攻撃を仕掛けてきたことがあった。
あのときは俺達も協力して何とか企みを阻止したものの、この大樹、つまりフラクシヌスの体はかなりの部分が焼けてしまった。
もちろん俺の【修復】で可能な限りは復元させたが、規模が規模だけに完全とはいかず、後は本来の復元力に任せようということになった部分も残ってしまった。
しかしこれまでに見たところ、フラクシヌスが受けたダメージはほぼ消えているようである。
「それで……これまでに第二階層の外で何があったのか……改めてご説明は必要ですか?」
『いいえ、地上の王国とガンダルフの間に交わされた約定のことも承知しています。我々は中立を旨としますので、統治機関としては賛同も批判もできませんが……私個人としては喜ばしいことだと思っています』
フラクシヌスの声に嘘は感じられない。
彼、あるいは彼女――動物的な性別を持たないかの魔族は、今回の協力体制を心から歓迎しているようだった。
『理由はどうあれガンダルフが再び人間と友好的に手を取り合った。その事実だけで、これまで生き続けた甲斐はあったかもしれません』




