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第633話 

 明くる日、俺達は地上の邸宅にも負けないくらいの部屋で一夜を明かし、予定通りに第二迷宮を抜けることにした。


 迷宮はそれなりに広大だが、第二階層に通じる最短経路は既に判明しているので、ただ単に移動するだけなら曲がり角の多い地下通路でしかない。


 しかしうっかり迷うと大変なことになるので、間違っても離れないようレイラに注意を促してから、トラヴィスを先頭に迷宮を通り抜ける。


 そして窓のない螺旋階段を降りていった先に――午前の日差しに照らされた第二階層の光景が広がっている。


 緑豊かな丘陵地帯。豊かな水を湛えた川と湖。鬱蒼と生い茂る森林地帯。


 目を凝らして遥か遠くを見据えない限り、ダンジョンの壁と天井をはっきりと目視することはできず、ここが地下空間であることを忘れそうになってしまう。


「あ、あれ……?」


 レイラはキョトンとした顔で周囲をキョロキョロと見渡している。


 どうやら第二階層の光景は彼女の想像を遥かに凌駕していたようだ。


「いやぁ、最初に来たときとは大違いですねぇ」


 ユリシーズが眩しそうに目を細めてしみじみと呟く。


「第一印象が真っ暗だったもんだから、どうにもあのときの光景が思い浮かんでしまうというか。あれは確か、地下空間の天井(そら)の発光機能が失われて、夜が明けなくなったんでしたっけ?」

「ああ、ちゃんと機能も戻ってるみたいでよかったよ」


 懐かしむというには少々インパクトの強すぎる事件だった。


 魔王ガンダルフと対等の関係にあった樹人(ドライアド)が管理する、魔族が暮らす中立都市アスロポリス――あの町を訪れたことが、このダンジョンに対する俺達の姿勢を一変させたと言っても過言ではない。


 最初は地下深くに逃げ去った魔王軍の足取りを追うことが主目的だったが、次第にかつて魔王軍を打ち破った『真なる敵』の存在が改めて浮上し始めて、遂にはそれがアガート・ラムと同一であると判明する……その契機になったのが他ならぬ中立都市(アスロポリス)だ。


「ここから少し歩くけど、危険は殆どないはずだし日没までには到着するはずだ。現地にはちゃんと風呂も寝床も用意されてるから、安心していいぞ」

「は、はいっ……!」


 レイラにそう伝えてから中立都市(アスロポリス)めざして移動を再開する。


 中立都市(アスロポリス)には冒険者が第二階層を探索するための拠点も設けられており、俺達が徒歩で移動する経路は大勢の冒険者が往復のために用いているルートだ。


 なので、ここも『日時計の森』や第一階層と同様に、短時間かつ安全に移動できるルートが開拓され、邪魔な森や茂みも綺麗に切り拓かれている。


「さすがに馬を持ち込んで馬車を走らせたりはしてねぇんだな。街道馬車でもありゃちっとは楽になったんだが」


 ガーネットが何気なくそんなことを口走った直後、丘の向こうから何やら車輪が地面を転がるような音がして、馬車とは似て非なるモノが視界に飛び込んできた。


 それは青みがかった体色をした牛らしき生物が牽く、馬車ならぬ牛車であった。


「……おい、あったぞ白狼の」

「驚いた……しかもあれ、ただの牛じゃないぞ。魔物のウォーターブルだ」


 ウォーターブルが牽いている車は、いわゆる客車ではなく屋根も壁もない荷車だ。


 そこにはたっぷりの水が張られていて、半魚人の魔族の御者が上半身を出して手綱を取っている。


 半魚人の御者は俺達の存在に気がつくと、喉の形の違いからくる独特のノイズがある発音で、ウェストランド共通語の挨拶を発声した。


「グガ……オハオウ……」

「ああ、おはよう。今日も精が出るな」


 トラヴィスがさも当然のように半魚人の御者に挨拶を返す。


 横を通り過ぎていく荷馬車の荷台に目をやると、なみなみと張られた水の中を、生きたままの大きな魚が何匹も泳いでいた。


「……トラヴィス、今のは?」


 馬車が丘の下へと消えた後で、俺は事情を知っていると思しきトラヴィスに問いかけた。


 レイラどころかガーネットやアレクシアまで、俺に対して説明を求める視線を向けているのだが、さすがに俺だって何でもかんでも知っているわけではない。


 するとトラヴィスは、さも当たり前のことを説明するかのように、あっさりと俺の問いに返答した。


「魔王城で使っている食材の半分は現地調達だと知っているだろう? 特に魚や肉は第二階層が供給の中心だ」

「ああ、それは騎士団の方にも報告が来てるな」

「で、当初は魔王城から人を送って調達していたんだが、いっそ現地の魔族に金を出して運んでもらった方が効率的なのではという案が出てな。ああして試験的にやっているところだ」


 トラヴィスの説明を聞いて、俺達は程度の違いこそあれ驚きと納得を覚えた。


 俺達の一行の大部分は、中立都市(アスロポリス)の魔族が食料調達だけでなく物流にも関わり始めたことに対して、そこまで進んだかという驚きと確かに効率的だという納得を。


 しかしレイラだけは、全く別のことに驚愕しているようであった。


「あ、あのっ! ちょっと待ってください! ということは、昨日の夕飯や今日の朝食に出てきたお肉やお魚は……!?」

「……? そりゃあ、第二階層(ここ)で採れた奴だろ。ダンジョン探索をやってたら現地調達は割と基本だぞ」

「さすがに未知の生物は食えんが、安全に食えると分かった奴らにはよく世話になるな。それなりに美味かっただろう?」

「美味しかったですけど! でもそれって魔物とかなんじゃ!?」


 何やらカルチャーショックを受けたらしく、頭を抱えて困惑するレイラ。


 定義上は魔物に含まれる動物も昨日のメニューに混ざっていたことは、とりあえず言わない方がよさそうだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 順調に異文化交流か進んでるようで、いい国だなあ 王様がアレだしな!
[良い点] お、動物と魔物の差が気になる文化。 と言っても冒険者連中は別段大丈夫そうで。 アクロポリスは水風呂から風呂に切り替える魔道具が常備になったんでしょうかね。 そして、今更ながら囮側とはいえこ…
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