第631話
「そういえば魔王城って、正式にウェストランド王国の所有物ってことになったんですよね」
チャンドラーが立ち去っていって間もなく、アレクシアが何事もなかったかのようにあっさりと話題を切り替る。
まだくっつき気味だったレイラは、切り替えの早さに戸惑ったような表情を浮かべながら、ひとまず元通りの位置に座り直す。
「ああ、そうだな。魔王戦争が終わって黄金牙騎士団が接収して、そのまま流れで拠点みたいに使われてたんだが、この前の会談で正式に譲渡されたらしい」
「研究施設とかの重要なモンはきっちり引き払ってから撤収したんで、空き家同然の城は必要ねぇってことなんだろうな」
俺の返答にガーネットが補足を付け加える。
ガンダルフ達は魔王城で人体改造を始めとした数々の実験を繰り返していたが、魔王城を巡る攻防戦の最中に、それらの重要施設は全て第二迷宮経由で地下に持ち去られていた。
黄金牙騎士団の見立てによると、そもそも魔王城で籠城戦を決め込む素振りを見せたことすら、俺達に気付かれることなく撤収を済ませるための偽装だったのではないか、とのことだった。
あの決戦で、俺は突入より前に魔王城へ攫われたり、脱出の試みの中で魔王ガンダルフと直接対峙し、アルファズルの後裔と呼ばれて力を求められたりしていたが、それすらも撤退戦のついでだったのだろう。
「ところで、前々から疑問だったんですが」
アレクシアが何気ない質問をするような態度で、更に問いを重ねる。
「魔王城から引き払った研究施設や資料って、今はどこにあるんでしょうね」
「どこって、それは……そういえばどこなんだろうな」
言われてみれば確かに、魔王軍の人体改造研究の資料やら成果やらがどこに持っていかれたのか、俺達はまだ把握していない。
もちろん『ここに持って行ったんだろう』という候補は幾つかあるし、それらのいずれかだろうという確信はある。
しかし、具体的にどこに運ばれたか断言できるかと言われれば、それはノーだ。
「第二階層のどこかに隠してあるか、魔将達の引き上げと一緒に第四階層の本拠地に持ち帰ったかのどちらか……なんだろうな。重要性から考えたら、魔王本人がいる本拠地まで運んでいったって考えるのが妥当なんだろうけど」
「流石にその辺りまで教えてくれたりはしてませんか。研究結果にはこれっぽっちも興味はないんですけど、研究に使ってた道具や機巧は一度見てみたかったんですが……もちろん技術的な興味ですよ?」
魔王ガンダルフは古代魔法文明から生き続けている存在であり、当然ながら奴が率いる魔王軍にも古代文明の技術の残滓が息衝いている。
機巧技師を始めとした技術者や魔法使いにしてみれば、奴らが持っている知識と技術は常に興味の的なのだ。
やがて馬車が魔王城の近郊まで差し掛かり、城下町の光景が視界に飛び込んでくる。
「……わぁっ! ミニチュアみたいな町が……!」
レイラが興奮を抑えきれない様子で窓の外に顔を出す。
魔王城の城下町とは、即ち第一階層に暮らすドワーフ達の町である。
人間向けの宿泊施設などは旧魔王城とその敷地内に集約しているので、城下町に建ち並ぶ建物は純然たるドワーフサイズ。
まるで自分達の体が何割増しかで巨大化したかのような錯覚に陥ってしまう。
俺達を乗せたこの馬車は、レイラには残念だったかもしれないが、城下町の中を通らずその横を通り過ぎている。
道の横幅もドワーフ向けの寸法で作られているので、普通の馬や人間用の馬車が入り込むのには向いていないのだ。
しかし生身の人間だけならその限りではなく、わざわざ城下町にまで足を運んだ冒険者の姿がちらほらと目に入る。
「冒険者の人も町に立ち寄っているんですね。何だかあの人達の方が巨人みたいです」
レイラは城下町の横を走る馬車の車窓から街並みを眺め、率直な感想を口にしている。
斜め向かいの席に座ったガーネットは、窓の外に目をやることなく、横合いから城下町に関する説明をレイラに語った。
「あの城下町は、魔王軍の手で一度完全に破壊されたんだ。ドワーフの難民を俺達の陣地に殺到させて、時間を稼ぐための作戦としてな」
「そ、そうだったんですか……だけど凄い活気がありますね……」
「建物とか色んな施設は白狼のが【修復】したんだぜ。おかげで連中が信仰してる神様と同一視されたりして、そりゃあもう盛大に持ち上げられちまってるんだ」
「ガーネット……」
余計なことは言わなくていい、という思いを込めて視線で制そうとしたものの、ガーネットはどこ吹く風で俺の眼差しを受け流している。
「店長ってドワーフからも尊敬されているんですね……」
「神様扱いなんて柄じゃないにも程があるから、なるべくならやめてくれって何度も言ってるんだけどな」
しかもその神様とやらが、他ならぬアルファズルであるということが、余計に気分を複雑にしてしまっていた。
現在のところ、アルファズルが古代魔法文明に実在した人間であり、実際にこのダンジョンを創造したことと、それを参考にして世界中のダンジョンが生み出されたことは明らかになっている。
大昔に実在した人間が神様として信仰されている――これ自体には大した疑問はない。
だが、アルファズルは何らかの手段で自分自身を復活させる仕込みをしていたことが示唆されていて、俺はいわばその復活の器候補に選ばれかけてしまったようなものなのだ。
そんな相手に同一視されて、複雑な感情を抱かない方が普通じゃないだろう。
「帰り道にはオレ達も城下町に寄ってみるか?」
「いいですね、それ。私もドワーフの町を間近で見てみたいです」
何やらガーネットとレイラが城下町のことで盛り上がっている。
俺としては大騒ぎになりたくないのであまり立ち入りたくないのだが、こんな風に楽しそうな相談をされてしまうと、駄目だとはとても言えなくなってしまいそうだった。




