第630話
それから数日後、俺は突入経路の下見をするため、トラヴィスのパーティーに混ざって久々に第二階層へ赴くことになった。
ただし、トラヴィス達は一足先にダンジョンへ戻っていたので、黄金牙騎士団の拠点となっている旧魔王城で合流するという手筈である。
荒涼とした岩山と荒れ地が広がる第一階層――旧『魔王城領域』は、冒険者による探索と整備が進んだこともあって、安全が確立したルートを使って寄り道せずに旧魔王城へ向かうなら、馬車で半日も掛からずに移動できるようになっていた。
「この辺りも便利になったもんだよな。要塞から城までのルートに限ったら、地上の街道と変わらねぇ水準なんじゃねぇか?」
ガーネットが馬車の窓から外を眺めながら、しみじみと呟く。
アレクシアもそれに賛同しながら、窓を開けて軽く身を乗り出した。
「全くですね。ホロウボトム要塞があるところって、昔は魔王軍もドワーフも開拓してなかったところですから、どこへ行くにも道なき道って感じで。今となっては地上の下手な田舎より綺麗な道してますよ」
「へぇ、そうなんですか……これよりもっと道が荒れてたなんて、想像もできませんけど……」
その隣にちょこんと座ったレイラが、姿勢を正したまま首を伸ばして外の様子を視界に収めようとしている。
詰めれば六人程度は乗り込めるこの馬車に、今は四人が乗り込んで旧魔王城へ向かっていた。
いつもの俺とガーネット、約束通りに来てくれたアレクシア、そして珍しいことに今回はレイラも一緒だ。
メンバーはこれで全員ではなく、後ろにもう一台の馬車がついて来ていて、そちらには白狼騎士団から動員した面々が乗り込んでいる。
「……えっと、店長。今更なんですけど、本当に私もついて来てよかったんですか? 誘われてすぐに飛びついたくせに、どうこう言えた立場じゃないとは分かっているんですが……」
レイラが向かいに座った俺に視線を戻し、申し訳無さそうにそんなことを言った。
今回、レイラを同行させた主な理由は、言うまでもなくトラヴィスのフォローを考えてのことだ。
しかし理由はそれだけではない。
そうでなければ完全に公私混同の職権乱用だ。
「良いに決まってるだろ。これも立派な現場研修だよ。お前以外の本店の従業員は全員、ここの第二階層まで潜ったことあるんだからな」
「あっ、そういえば……確かに、エリカも薬師として手伝いに行ったことがありましたね……」
「私も機巧絡みでよく中立都市まで行ってたりするのよね。ひょっとしたら、もうルーク君より多かったりして」
俺の説明にアレクシアが横から割り込んでくる。
アレクシアの発言内容はどちらも事実だ。
中立都市アスロポリスには地上の冒険者向けの拠点が整備されていてそこにはいくらかの機巧も持ち込まれている。
もちろん、それらの設置や修理を担するのは、アレクシア率いる機巧技師組合である。
「俺達ホワイトウルフ商店は冒険者向けの商売が中心だからな。冒険者達がどんな環境で仕事をしているのかは知っておいてもらいたいし、安全性を考えたらグリーンホロウ最強パーティーのトラヴィス達に同行するのが一番だ」
「……分かりました。この現場研修を通じて冒険者の方々への理解を深め、もっと打ち解けたいと思います!」
レイラが胸の前でぐっと拳を握ってやる気を示す。
一体どこの誰を念頭に置いているのかは丸分かりだったが、馬車に乗り合わせている面々はあえてそれを指摘しようとはしなかった。
何はともあれ、ホワイトウルフ商店従業員の研修という名目は、意外なまでにあっさりとグリーンホロウの世間に受け入れられている。
冒険者や騎士団への武器と道具の供給を担っているという立場上、そこの従業員が冒険者についての理解を深めるのは、ギルド支部としても大いに推奨したいところだ――支部長のフローレンスもそんな主旨のことを言っていた。
レイラの反応を微笑ましく思いながら馬車の揺れに身を委ねていると、不意にそれとは全く別の振動の音が横から聞こえてくる。
俺よりも先にその発生源に気付いたレイラが、ガラス張りの車窓の方に視線を移し、上ずった短い悲鳴を上げた。
「ひゃっ!?」
「おっと、悪ぃ悪ぃ」
窓ガラスの向こうにいたのは、鎧も纏っていない褐色肌の騎士――うちの騎士団のチャンドラーだった。
馬車は緩やかな坂道を小走り程度の速度で走っているが、チャンドラーは顔色一つ変えずそれに並走し続け、ほとんど体を揺らすことなく窓の内側を覗き込んできていた。
「大将、ちょっといいか?」
「どうした、急用か?」
「別に急ぎの話ってわけじゃねぇんだけどよ」
とりあえず馬車を走らせながら扉を開けると、チャンドラーは両手で屋根の縁を掴んで車内の床に足を引っ掛け、外側に張り付くような形で中を覗き込んできた。
ちょっとした曲芸じみた乗り込み方に驚いたのか、レイラがアレクシアに密着するくらいの勢いで横に避けている。
「第二階層に潜ったら、中立都市で少なくとも一泊はするんだろ? 時間に余裕があるなら、ちょっと長めの滞在にしてもらってもいいッスか?」
「別に構わないけど……用事でもあるのか」
「具体的に用事があるわけじゃねぇんだが、あっちの馬車でそういう話になったんスよ。アンブローズは魔族がしまい込んでる魔法の知識を調べたいっていうし、ユリシーズは今度こそゆっくり釣りがしたいって言ってたな」
「……で、お前は?」
「俺はまぁ、ドワーフ製の武器や防具を見て回ったり、後は腕自慢の奴を見繕ったりッスね」
何ともまぁ個性の出る要求である。
しかし、今回の件は決して急を要するわけではないし、トラヴィスも現地についたらひとまず現場の探索状況の確認をしたいと言っていた。
そういう目的で費やす時間を少しばかり増やすくらいは簡単だろう。
「分かったよ、その方向でトラヴィスとも調整しておく」
「よっしゃ! んじゃ、あっちの連中にも伝えてきますわ!」
チャンドラーはいい笑顔を浮かべてそう言うなり、両手両足を同時に離して走行中の馬車から離れた。
レイラがまたもや短い悲鳴を上げるも、チャンドラーは平然と着地して歩調を緩め、後ろから追いついてきたもう一台の馬車にあっさり乗り込んだ。
ぽかんとした顔で窓際に戻るレイラ。
その様子を、チャンドラーと同じようなことをしがちなガーネットが、苦笑気味に見やっているのだった。




