第626話 腐れ縁達のお節介
「ふむ、お前が大丈夫だと請け負うなら信頼してもよさそうだ」
「あんまり無条件に信用されても困るんだけどな。まぁ、元々は海の上で活躍していた騎士だから、ダンジョン専門の俺達よりも船の扱いはこなれてるのは間違いないぞ」
こういうとき、構成員を各騎士団から一人ずつ派遣されているという白狼の人材事情は、なかなか有利に働いてくれるものだ。
白狼騎士団の設立前から存在していた十二の騎士団は、それぞれ異なる公務を担って大陸各地に散らばっている。
各騎士団が一人ずつメンバーを派遣するとなると――実際は諸般の事情から派遣していない団もあるが――必然的にそれぞれ異なる経験を積んだ人材が集まってくる。
俺が思い浮かべた藍鮫騎士団のユリシーズはその典型例だ。
大陸の西廻り航路の商船護衛や各種取り締りを担う藍鮫騎士団は、その職務柄、地上やダンジョンでの活動が主となる冒険者には珍しいスキルを持っており、それが今回の作戦で役に立ちそうなのである。
「分かった、その辺りについてはお前に任せよう。時間を使わせて悪かったな」
トラヴィスは懸念事項が一応の解消を見たことで安堵の表情を浮かべながら、軽く手を振ってその場を離れようとした。
俺はすかさずトラヴィスの肩を掴み、危うく引きずられそうになりながらも引き止めた。
「ちょっと待った。このままどっかに行くつもりか? ここ最近、まともにレイラとも会ってないんだろ」
「む……それはそうだが……なかなか時間が取れなくてな……」
「冒険者の色恋沙汰が破綻する原因の筆頭は、冒険に時間を掛けすぎて相手をしなくなった末の自然消滅だぞ。ちゃんとその気があるなら、意識して時間を捻出しないと長続きしないからな」
トラヴィスは反論すらできずに押し黙ることしかできずにいる。
こいつは少年時代に、幼馴染といえた少女を助けるためにスキルで強化した身体能力を振るい、不可抗力で少女を巻き込んで傷つけてしまった経験から、若い女をとことん苦手としていた。
嫌悪しているというわけではなく、傷つけずに扱う方法が分からないという、性格的な理由からくる苦手意識だ。
自責の念から故郷を飛び出し、俺とほぼ同時期に冒険者となったわけだが、こいつはそれから十五年間ずっと、その手の関係を自ら遠ざけ続けていた。
それがやっと、レイラの直向きな頑張りと、スキルの効果で簡単には傷付かないのだというアピールが功を奏し、ようやく今の関係に漕ぎ着けたわけだが……やはり冒険者としては一流でもこの分野では初心者なようだ。
「そう言えば、確かお前もそういう理由で駄目になったとボヤいていたことがあったな……」
「……余計なことは思い出さなくていいんだよ」
「身近に実例がある以上、充分に気を付けた方が良さそうだ。忠告感謝する」
「しかもそれを理由に納得するんじゃないっての」
十五年来の関係だからこそのやり取りを交わしつつ、トラヴィスを食堂の方へ送り出す。
こういうのは現実的に不可能というわけでもない限り、思い立ったときにすぐさまやるべきだ。
だがトラヴィスは数歩ほど歩いたところで唐突に足を止め、心配そうにこちらへ振り返った。
それはこれから自分がしようとしていることに不安を抱いているからではなく、旧来の友人として俺のことを心配しているような視線であった。
「しかしだな、お前も人のことは言えないんじゃないのか?」
「……? 何の話だ?」
「アルマ・アージェンティアだ。お前の婚約者は今も王都にいるんだろう。その割にお前ときたら、グリーンホロウのことにかかずらってばかりじゃないか」
一瞬、トラヴィスが何を心配しているのか把握できなかったが、すぐに理解して大いに納得した。
ガーネットとアルマが同一人物であると知っている者は本当に少ない。
だから傍から見ていると、俺が王都の婚約者を放置して、グリーンホロウでの仕事にのめり込んでいるように思えてしまうのだ。
「こちらのことを心配してくれるのはありがたいが、たまには自分のことも顧みた方がいいだろう。お前にもお前の人生があるのだから、アガート・ラムとの戦いに全てを注ぎ込む必要はないんだ」
「……ご忠告どうも。心配してくれるのは嬉しいけど、俺達の場合は少し事情が違うんだ」
皮肉ではなく、トラヴィスがそう言ってくれたことは本当に嬉しかった。
何となしに振り返ってみれば、第三者からそういう観点で心配されることは滅多になかった。
兼業故の多忙ぶりを心配されることはあっても、そのせいで俺自身の人生が歪められることを案じる発言をぶつけてきてもらった経験はほとんどない。
ひょっとしたら皆も内心でそう思っているのかもしれないが、騎士団よりも戦争よりもそちらを気にしろと言い切れるのは、旧友であるために遠慮をする必要がなく、そして自分もAランク冒険者という高い地位にあるトラヴィスだからこそなのだろう。
だから俺も、トラヴィスに対しては可能な限り真摯な返答をすることにした。
「アルマは母親をアガート・ラムに殺されていて、その復讐を望んでいる。だから俺がこうしてアガート・ラムと戦うのは、彼女自身の願いに即したことなんだ」
「……そうだったか。婚約者の仇討の代行と考えれば、確かに道理の通る話だな」
「というか、そもそも俺がこんなことに首を突っ込んだ動機からして、アルマのために何かしてやりたいって思ったのと、あいつとの関係を向こうの親父さんに認めさせるためだったりするんだがな」
本当のことを冗談めかして口にすると、トラヴィスも頬を綻ばせて相好を崩した。
「なるほどな。確かに俺の考えすぎだった。しかしそうなると、いよいよこの戦いから手を抜けなくなるか。他ならぬお前の婚約者のためでもあるわけだからな」
「やめろっての。そんなことされたら余計にプレッシャーが掛かるだろ」
トラヴィスは苦笑を浮かべた俺の肩を強く叩き、食堂の方へと戻っていった。
俺はその背中をしばらく眺めてから、レイラがトラヴィスの誘いに乗ってテーブルを離れたであろうタイミングを見計らって、自分も食堂に引き返すことにしたのだった。




