第625話 第三階層突入プラン
「ここにいたか、ルーク。少しばかり話をさせてもらっても構わないか?」
振り返った先にあったのは顔が見えないくらい近くに立っていた、トラヴィスの分厚い胸板であった。
「何だ筋肉か。しばらく見ないうちにまた厚くなったんじゃないか?」
「もう少し上を見ろ。そこに顔があると思うか?」
まずはお互いに気の置けないやり取りを軽く交わし合う。
Aランクという立場上、トラヴィスは他の冒険者から一線を引いた態度で接されることが多いのだが、俺にとっては駆け出し時代からの腐れ縁の大男でしかない。
トラヴィスもこの関係を悪しからず思っているようで、他の冒険者と接しているときには見せない笑みを浮かべることも多かった。
そんなトラヴィスを、レイラがテーブル越しにぼんやりと見つめている。
もしも単なる雑談を持ちかけてきただけだったなら、俺なんかよりもレイラの相手をしろと言っていたところだったが、生憎とそういうわけではなさそうだ。
「先程の会議で提示された情報について、改めて確認しておきたいことがある。すまないがしばらくルークを貸してくれないか」
トラヴィスは俺の頭越しに、他の三人に向けてそう口にした。
完全に想定通りの用件だった。
これだとレイラはおろかガーネットすら同席させられそうにない。
ガーネットとソフィアが頷きあって同意を確認し合う傍ら、レイラが勢いよく席を立ちながら首を縦に振った。
「は、はい! どうぞご遠慮無く!」
「何でテメェが答えてんだっての」
呆れ顔で横目を向けるガーネット。
その発言は果たしてレイラに届いているのかどうか。
だけど俺からの返答もレイラと同じだ。
白狼騎士団の団長として、Aランク冒険者からのこういう名目の要請を断ることなどできなかった。
「悪い、ちょっと行ってくる。料理が来たら先に食べておいてくれ」
俺は三人にそう告げておいてから、トラヴィスに先導されて人目のないところへと移動した。
対アガート・ラムの侵攻作戦の存在は機密性の高い情報だ。
当面の間は一般の冒険者に知らせるわけにはいかない情報であり、人目の多い食堂で語り合うのは論外である。
トラヴィスは人通りの少ない奥まった場所に俺を連れ込んで、会議にも参加していたBランクの冒険者を見張りに立ててから、改めて本題を切り出した。
「……単刀直入に言おう。第二階層から第三階層への移動手段に関する話だ」
「やっぱりそこか。俺も最初に聞いたときは『その手があったか』と驚いたもんだよ」
先程トラヴィスに話しかけられた時点で、こいつが何について話そうとしているのかはおおよそ想像できていた。
ミーティングで取り扱った内容の中で、更に詳細を詰めておきたい事柄があるとすれば、間違いなく第二階層からの陽動作戦とその実行ルートだろう。
他の部分については地上側もある程度は想定していた内容だったが、これらのポイントだけは魔王軍の視点からしか出てこないものだったのだから。
「『元素の方舟』の各階層の間には、大なり小なり迷宮と呼べるものが挟まっていて、第二階層と第三階層の間には第三迷宮が存在する……が、第三迷宮を通過する経路は、魔王軍の反撃を防ぐために全て破壊もしくは隠蔽されている、とのことだったな」
「ああ、そしてアガート・ラムは経路の再開通工事の気配を監視し、同時に破壊も隠蔽もできなかった移動経路を監視することで迎撃態勢を固めている」
これ自体は先程のミーティングの再確認に過ぎない。
トラヴィスが確認したがっているのは更にこの先だ。
「確かに、魔王軍が提示した移動経路は想定の範囲外だった。よもや第三階層へ繋がる『水の流れ』を利用する算段だったとはな。いくら陸地を探しても見つからないはずだ」
第二階層は『水と緑の階層』とも表現されているように、地上の森林地帯にも負けないくらいに豊富な森と川、そして湖に覆われている。
これらの水は地上やダンジョン外から地下水として流れ込んできたものであり、そして第二階層に留まり続けることはなく、様々な経路を辿って第三階層へ流れ込んでいる。
言われてみれば当然の帰結である。
第二階層は地下水を源流とする豊富な水を湛えた階層だが、その水がどこか別の場所に移動しないのなら、あっという間に水没して天井まで水に満たされてしまう。
そしてこれらの水がどこへ逃げるのかと考えれば、真下にある第三迷宮および第三階層であるに決まっている。
「ああ、第二階層から流れ込む地下水は、第三階層にとって貴重な水源だ。人形達は水を飲む必要がないんだろうが、高度な機巧技術を維持するには豊富な水が必要不可欠。主要な水路は封じたくても封じられないわけだ」
俺もアレクシア達との交流を通じて身を持って理解したのだが、機巧職人達が材料を加工するにあたっては、常に大量の水が必要となる。
加熱した材料を冷却し、粉塵や汚染に晒された部品を洗浄し、更には大規模な加工装置を低コストで運用する動力となる――豊富な水資源なくして機巧の繁栄はないと言い切れるほどだ。
実際に、機巧の総本山たる複層都市スプリングフィールドにおいても、水を立体的な都市全体に行き渡らせるポンプと排水管は、かなりのコストを割いて整備されていたと聞いている。
「アガート・ラム側の事情から水路は塞げない。そして大量の水をもたらす大規模水路は、俺達にとっては水路で戦力を送り込む格好の経路になる。この辺りはさっきの会議でも言った通りだな」
「ああ、だが水路を往復する移動手段の当てはあるのか? 陽動部隊が片道切符で戦死前提の任務に当たるのは……」
「大丈夫。その点についてはちゃんと当てがあるよ」
頭に思い浮かべたのは白狼騎士団に所属する一人の騎士。
水上に縁深いスキルを持ちながら、出番がなくくすぶっている男の姿だった。




