第623話 ストラテジー・ミーティング 後編
「地上側から『第二階層経由』の陽動作戦を実行し、アガート・ラムの迎撃態勢に綻びを生じさせる。これが魔王ガンダルフが提案する侵攻作戦です」
参加者達の間から、感心するような声と懐疑的な声が同時に漏れる。
前者は主に騎士達の反応で、後者は主に冒険者たちの反応だ。
リアクションに差が出た原因はおおよそ察しが付くが、ソフィアは彼らの意見を拾い上げる前に、作戦の説明の続きを喋りきってしまうことにしたようだった。
「ご存知の通り、かつて魔王ガンダルフの軍勢は第三階層を拠点としていましたが、地上侵攻を試みた隙を突かれてアガート・ラムに攻め落とされました」
ソフィアは一連の経緯を示す図を白墨で簡潔に描き込んでいく。
「その際、ガンダルフ軍は第二階層を経由して第一階層に逃れ、その地を拠点にアガート・ラムへの反攻作戦を企てていると思われていました。しかし実際には、第一階層にいた魔王達は仮初の存在で、本物はアガート・ラムの目を欺いて第四階層に逃れていたわけです」
ここまでは出席者全員が把握している情報の振り返りだ。
本題となるのは、魔王軍がこの状況を利用して考えていた作戦の内容である。
今回発表される一連の新情報は、魔王軍から国王陛下に伝えられてから王宮経由で白狼騎士団に伝達されたものなので、他の騎士団や冒険者ギルド関係者にとっては初耳になるはずだ。
「更に魔王戦争で我がウェストランド王国軍がガンダルフ軍を破った後、その残党は第二階層に逃れ、一部は中立都市アスロポリスに避難し、残りは今も潜伏している……ということになっており、アガート・ラムもここまでは把握していると考えられます」
しかし実態は違った。
魔王ガンダルフは最初にアガート・ラムに敗れたときも、俺達に敗れたときも、常に『魔王軍は第三階層よりも上にいる』という認識をアガート・ラムに与え続け、更にそれを裏切り続けるよう腐心していたのだ。
「ですが、ガンダルフ軍から国王陛下に送られた機密情報によりますと、第二階層に逃れた魔王軍残党は、既に極秘の直通経路を通じて第四階層に移動していたとのことです」
「何ぃ、そんなものがあったのか。しかし全く見つけられなんだぞ」
トラヴィスのリアクションに、ソフィアはこくりと頷き返した。
「通過後に破壊して再使用不能にしてしまったそうですね。第二階層に出現した魔将ノルズリと魔将スズリが、第一階層を経由することなく第四階層に姿を現したのは、この秘匿経路を利用した結果のようです」
「魔将共が本隊に合流した後で道を潰したと……魔将ヴェストリあたりの力をもってすれば容易か……」
考えてみれば当然の顛末である。
ノルズリは中立都市で俺達と共闘した後、忽然と姿を消したかと思ったら、第四階層で同じダークエルフの女の体を使ったまま俺に襲いかかってきた。
しかし、第三階層はアガート・ラムに支配されているし、第一階層は黄金牙騎士団や冒険者達の目を盗む必要がある。
かといって、古い体を第二階層で捨てて、代わりの体を使ったという線もない。
今もノルズリは使いにくいと嘆きながらも性別が違う肉体を使っているし、スズリはサクラの父親の体を使い続けている。
自然な仮説を考えるなら、第一階層から第四階層への直通ルートがあったように、実は第二階層から第四階層への直通ルートもあったのだと考えるべきだろう。
「説明を続けます。このようにアガート・ラムは、現在ガンダルフ軍が第二階層に潜伏し、我々が同じく第二階層を拠点として第三階層を目指していると認識しているはずです。ですから当然、現状の防衛体制は第二階層からの襲撃に偏っていると考えられます」
もちろん、冒険者達が灼熱の第四階層に至ったところまでは、地上の協力者などを通じて把握しているかもしれない。
けれどそこで魔王軍と遭遇したことは徹底的に秘匿され、ごく限られた人間にしか伝えられていないので、さすがにこの情報が漏れているとは考えにくいだろう。
「この情報だけでも、第四階層からの奇襲が有効であることは明白だと思われます。しかし魔王ガンダルフは更にそこから一歩進め、あえて狙い通りの場所に攻撃が来たと認識させ、第四階層に対する警戒を更に薄くさせるという提案を陛下に致しました」
それを端的に言い表したのが、最初にソフィアが口にした『地上側から第二階層経由の陽動作戦を実行し、アガート・ラムの迎撃態勢に綻びを生じさせる』という表現だ。
ずっと『こちらから攻めてくるに違いない』と考えていた場所に、案の定敵がやって来たとあれば、それ見たことかと守りを堅牢にしたくなるのが人間の心理というものだ。
敵が潜んでいるとは思っていない方向の守りを厚くするなんて判断は、それこそ未来予知でもできなければ不可能だろう。
「なるほど、さすがは我々を苦しめただけあって的確な作戦だ」
「敵に回すと恐ろしいが……というわけだな」
黄金牙を始めとする騎士達からは、概ね好意的というか作戦に対する賛同の声が聞こえてくる。
少し前まで敵対していた相手だということを棚上げし、純粋に作戦内容を評価しているのだろう。
もちろんこれ自体は喜ばしいことだ。
過去の敵対関係に引きずられ、共闘関係に不協和音を生じさせてしまうのだけは避けなければならない。
しかし、冒険者達からは疑念混じりの反応が見え隠れしている。
それは相手が魔王ガンダルフだからというわけではなく、作戦の実現性に対する懸念であった。
「ちょっといいか」
トラヴィスが冒険者を代表し、その懸念事項を言葉にする。
「俺達は長いこと第二階層を探索してきた。しかし第三階層に通じる経路は未だに発見できていない。破壊された痕跡ならいくつか見つけているが、利用可能な経路の発見は未だにゼロだ」
同じく第二階層を探索しているロイも、無言で頷いてそれに賛同する。
「仮に俺がアガート・ラムの一員なら、何よりも最優先に第二階層との行き来を完全に破壊する。自分達が地上に出る分には、魔王軍が地上侵攻に利用した、第三階層と地上を繋ぐ直通経路を使えばいいわけだからな。つまり――」
「――第二階層からの奇襲は実現可能なのか。そういうご質問ですね」
ソフィアはトラヴィスの疑念を正面から受け止め、ちらりと俺に眼差しを送ってから、最後に取っておいた情報を提示した。
「もちろん可能です。魔王ガンダルフは、強度以外の問題で破壊不可能な経路を把握しており、それが今も健在であることを確認していました。その経路についても、これからご説明を致しますが――」




