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第620話 人ならざる者の愛

 ――『元素の箱舟』第四階層深部、溶岩の幻影によって偽装された、第五迷宮に通じる唯一の門。


 その周囲に広がる無機質な前庭の中央に、一人のダークエルフが静かに佇んで、透き通った幻影越しの第四階層の天井(そら)を見上げていた。


 威厳ある白色の装束に、見る者を射竦めて止まない威圧感を纏う長躯(ちょうく)――しかしその表情は冷え切った憂いを湛え、意識の全てを天井(そら)の向こうへ傾けているようにも見える。


「あら。魔王陛下ともあろうお方が、護衛も付けずに夜歩きとは感心しないわね」

「エイル・セスルームニルか。とっくに消滅したと思っていたが、存外にしぶといものだな」


 前庭に佇むダークエルフ――魔王ガンダルフは視線を動かすことすらなく、言葉だけで突然の闖入者に応えた。


 声の主は北方エルフのエイル・セスルームニル。


 より厳密に言い表すなら、かつてルーク・ホワイトウルフの『右眼』に潜り込んで情報を検閲していた、エイル・セスルームニルの精神体である。


 ウェストランド王国と魔王軍の会合の際、魔王ガンダルフが古代魔法文明の秘密を明かすにあたり、この精神体はもはや隠蔽の必要はないとしてルークの『右眼』から弾き出された。


「放っておけば自然と消えるだろうと放置していたが、やはり後始末の手を抜くべきではなかったか」

「やめてちょうだい。これでも自然消滅しないように頑張ったんだから。あと事後報告になるけど、城の設備を使って本体との情報共有もさせてもらったわ」

「……相変わらず不躾な女だ」


 魔王ガンダルフは諦めたように溜息を吐き、エイルの精神体に向き直った。


 エイルはガンダルフの背後からある程度の距離を置いたところで、第五迷宮の正門を背に腕組みをして立っていた。


 ガンダルフがエルフとして成熟した肉体を持つのに対し、エイルの精神体は意図的に少女の背格好で設定されている。


 両者がどちらも古代魔法文明から存命したハイエルフであると見抜けるのは、最初から全ての事情を把握している者だけだろう。


「邪魔はさせんぞ。我らは地上の人間と手を組んででも、イーヴァルディと人形共を討ち果たす」

「ええ、邪魔なんかしませんとも。むしろ大陸北方の本体経由で支援しようかと考えてるくらいよ。でもねぇ……一つだけ分からないことがあるのだけれど」


 エイルは腕組みをしたまま、その場から一歩も動かずにガンダルフを見据えた。


「貴方は地上の人間にどんな感情を抱いているの?」


 そして、ガンダルフが即答しないのを見越していたかのごとく、立て続けに発言を重ねた。


「地上に侵攻して地上の王国を一つ滅ぼしたかと思ったら、今度は地上を支配した王国と手を組んだりして……人間は滅ぼしたいと思っているけれど、イーヴァルディの方がもっと憎たらしいから一時的に手を組むってこと?」

「余にとって、アルファズル以外の人間はおしなべて()()()()()()のだ」


 魔王ガンダルフの冷徹な返答からは、一切の偽りも虚飾も感じられない。


 過大でもなければ過小でもなく、まさしく文字通りに、魔王ガンダルフは人間に特別な関心を払っていないのである。


「有用ならば大いに使う。無用ならば捨て置く。有害ならば排除する。邪魔ならば蹴散らす。他の動植物と何ら変わりはしない」

「……そう。私とは大違いね」


 幼い姿をしたエイルの視線が鋭さを増す。


「私はアルファズルが愛した人間を守りたいと思っている。余計な知識も身につけてもらいたくないと思っている。だから白狼の彼にはちょっかいを出させてもらったけれど、反省も後悔も必要だとは思っていないわ」

「子から煙たがられる親の典型だな」

「珍しいわね。貴方の口からそういう俗な比喩が出てくるなんて」


 エイルは皮肉を返しながらも、図星を突かれたことで不快そうに顔を歪めている。


 対するガンダルフは冷徹な表情をほんの僅かも崩していなかった。


「だったらどうして地上を侵略したりしたの? もしもイーヴァルディがその隙を突かなかったら、私が樹海連合を率いて兵を挙げていたけど?」

「……知れたこと。今の地上はアルファズルが愛した世界ではない」


 そして、ガンダルフは再び天井(そら)を見上げた。


 魔王の意識が向けられた先は、岩の天蓋ではなくその先のアガート・ラムが支配する第三階層ですらなく、更に上――本物の空とその下に広がる地表である。


「思い出せ、エイル・セスルームニル。アルファズルの周囲にはどんな者達の姿があった? 光と闇のエルフがいた、ドワーフがいた、樹人(ドライアド)がいた……人も魔族も混ざり合って生きていた時代……それがアルファズルの守ろうとした世界だ」

「…………」

「故に、今やダンジョンと呼ばれる避難壕には、人も動植物も魔族も魔物も等しく収められた。奴が守らんとした世界はそういうものだったからだ」


 ガンダルフが目を細める。


 その横顔には淡い感傷の色が浮かんでいるようであった。


「だが人間は力を失い、過去を忘れた。魔族達は地下に籠もったまま地上に戻ろうとはしなかった。貴様達もそうだろう」

「……だけどそれは、今の地上は魔力が薄すぎて……」

「過去の環境は必ず取り戻せるはずだ。現に動植物は再び繁栄している」


 エイルは反論に窮し、そして痛ましげにガンダルフの背中を見つめた。


「分かった……貴方は昔と何も変わってない。少しだけ安心したし……少しだけ可哀想ね」

「不愉快な感想だな。俺は俺自身が望むことをしたに過ぎん。地上の人間にとっては侵略者であり、今は更なる脅威と争うために手を組む間柄……それだけで充分だ」


 魔王ガンダルフの言葉に迷いはない。


 心はかつての地上の姿を想起しながらも、その相貌は討つべき敵を確かに見据えている。


 魔王イーヴァルディが生み出した人形の群れ――アガート・ラム。


 少なくともそれらを討ち果たすときまで、ダークエルフの魔王が人に仇なすことはないのであろう――

ひとまずここで章は区切りとしまして、次回からは第十六章として投稿していきたいと思います。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ガンダルフは芯から魔の王だと。 しびれますね。 古の強者はそれぞれ思惑があり、その間を漂う今の人間が、認められ自立する姿を見せられるか。先は長そうだ
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