第618話 偉大なる者のメッセージ
「……さてと」
家に戻って一息ついた後で、事務作業に使っているテーブルに移動して書簡の封を切る。
ただ中身を見るだけなら、別に食卓や自室でも構わないのだろうが、さすがに中身が中身だけに雑な扱い方は気が引けた。
やたらと厚い封筒に収められていたのは、見た目から想像した通りの量の、丁寧に折り畳まれた紙の束だった。
「うおっ! めちゃくちゃ入ってやがったな」
「ええと……ああ、これまでに王都へ送りつけた報告書の返事が、まとめて届いたみたいだな」
「これまでっつーと、まさか第五迷宮に呼び出されてから、この前の新装備についての報告の返答まで、一気に送りつけて来やがったってことか?」
ガーネットが椅子に座った俺の肩越しに書簡を覗き見して、うへぇと露骨に嫌そうな顔をする。
「さすがに急ぎの用事はすぐに返事が来てたから、あまり急ぎじゃなかった分を同時に処理したんだろうな」
目の前の問題に全力を尽くせばいい俺達とは違って、王宮の高官達は国家レベルの様々な問題を同時進行で処理している。
報告書が届いたら内容が何であれすぐに処理して返事をしろ、なんていう理想論は、民間組織であっても気軽にやれることではない。
通常業務が国家規模の案件ばかりなら、尚更容赦なく優先順位が決まってしまうものだろう。
「まずこいつは……ああ、ギルドが持ち出して負担した予算をきちんと補填したぞ、っていう通知の写しか。俺も確認しておけってことだな。次は……王宮の要請で王都に送った武器の受領届。これも前に口頭で報告された奴の書面だな」
封書の中身を一枚ずつ確認しては、内容ごとに分類していく。
基本的には、以前に行った諸々の手続きなどが完了したことを報告する、こちらから更に返答する必要のない書類ばかりだ。
後で必要に応じて保管したり、ギルド支部長や事務担当に回すことにしよう。
そして最後の方に、これまでの書類とは紙質からして違うものが混ざっていた。
「……封書の中にまた別の封筒が。こいつだけ明らかに特別扱いだな」
ペーパーナイフを手にとって、そちらの書簡の封も切る。
「やっぱり。ミスリル取扱量の緩和申請への返答だ」
「無駄に待たせやがって。却下とかしてやがったら、王都に乗り込んで文句言わねぇとな」
後ろからガーネットに急かされながら、本題とでも言うべき書類に目を通す。
高品質で頑丈な紙に手書きで記された回答は――特定の使用目的のみに限定し、無制限に採掘と使用を認めるというものだった。
俺はホッと息を吐き、ガーネットが俺の肩に乗せた手をぐっと握り締める。
「こちらの要請が過不足なく完全に通った形だな。文字通りの満点回答だ」
「ちょっとは渋るかと思ったけどよ、やっぱり陛下がキツく根回ししてくれたのかもな」
特定の使用目的というのは、要するにアガート・ラムとの戦いに関係する用途に限るという意味で、事実上の白地手形だ。
武器や防具、魔道具や機巧……それらの開発や製造にあたり、俺は自分の判断で無制限に『奈落の千年回廊』のミスリルを採掘する権限を与えられた。
もちろん制限は他にも幾つか設けられている。
採掘したミスリルを加工するのは、ホワイトウルフ商店とその関連団体に限定され、製造品のグリーンホロウ外部への販売と持ち出しには白狼騎士団の許可を必要とする。
アガート・ラムとの戦いが終わった後は再び採掘量と使用量に規制が掛けられ、その時点で残存していたミスリル装備の取り扱いについては、これも白狼騎士団を中心として決定することになる。
また、これらの特別扱いは、前々から受けていたミスリル取扱許可とは別枠となっている。
つまり、対アガート・ラム用を想定した製品は無制限に作れる代わりに持ち出し制限があり、普通に店で売る製品は従来の制限が掛かる代わりに持ち出しやすいというわけだ。
この辺りも俺からの提案が通った形になるので、まさに俺の主張がそのまま承諾されたわけである。
「ん……下の方に筆跡が違う部分があるな……後から書き加えたのか?」
そちらの内容にも目を通し、そして驚きに目を丸くしてしまう。
――いずれお前にも、ミスリルが禁制とされている理由を伝えるときが来るだろう。
だが期待はするな。その理由には不思議もなければ神秘性もない。
アガート・ラムがミスリルに執心する理由は分からんが、我らの掲げる理由は常に現実的なものでしかないのだから――
末尾に記された署名は、ウェストランド国王アルフレッド陛下のサインそのものであった。
これは陛下からのさり気ないメッセージだ。
いずれ俺にも、ウェストランド王国の国家機密を――極めて現実的なものだとのことだが――明かすときがくるという。
わざわざこんなメッセージを付け加えた理由に思考を巡らせていると、陛下のメッセージに気付いていない様子のガーネットが、さも痛快そうに笑いながら俺の肩をバシバシと叩いてくる。
「どれだけ採るのかはテメェの判断で、加工するのはホワイトウルフ商店で、諸々の許可を出すのは白狼騎士団か。ほとんど全部、テメェの独断で決められるようなもんじゃねぇか」
「痛たた……そんな大袈裟に考えるなって」
「大袈裟なもんかよ。さすがはグリーンホロウの領主サマってだけはあるな。やっぱ陛下は見る目があるぜ」
俺が常日頃から『領主云々は騎士団の財源を割り振るための形式に過ぎない』と言っていることを前提に、からかうような口調でそう言いながら、ガーネットは大きく何度も頷いた。
「見る目があるのはお前もだろ?」
「あん? そりゃどういう……」
椅子に座った俺を背中側から見下ろすガーネットが、訝しげな顔を浮かべてからすぐに頬を紅潮させていく。
そして数秒の見つめ合いの末、背もたれ越しに強烈な膝蹴りが叩き込まれたのだった。




