第617話 夕暮れの帰り道
それから俺は、ユリシーズの相手をマークに任せ、戻ってきたガーネットと一緒に家へと戻ることにした。
時刻は既に夕暮れ時で、太陽は山の向こうへ沈みつつあり、長い影が一日の名残のように坂道の下へ向かって伸びている。
「で、今日はどうだった?」
本部から自宅までの短い道を隣り合って歩きながら、俺はガーネットに何気ない質問を投げかけた。
「サクラの新しい装備のことか? 思った以上に凄かったぜ。性能はきっちり売り文句通りだったし、見た目もしっかり仕上がってやがった。ありゃミランダ裁縫店が本気出したんだろうな」
「へぇ、デザインもそんなに凄かったのか。俺も早く見てみたいな」
「あん? 第三階層向けの新装備の原型にしたんだから、お前は誰より早く見てたんじゃねぇのか」
「俺達の手元に届けられたのは、外見を繕う前の原型だったからな。見た目を綺麗に仕上げる工程はその後だったんだよ」
つい先日、冒険者ギルドや黄金牙騎士団にプレゼンテーションをした新装備は、ガーネットの言う通りサクラから特注された装備品を原型にしている。
しかし順序としては、サクラに納品する前の『外見を考慮せず機能だけ実装した状態』を参考にしており、あれからどんな風に外見が仕上げられたのかは分からないままだった。
「んじゃ、見てのお楽しみってことにした方が良さそうだな」
「む……そんなこと言われると余計に気になるぞ。どんな感じだったんだよ」
「とりあえず東方風だったとは言っとくか。あの格好で大立ち回りしたら滅茶苦茶派手だろうな。間違いなく目を惹きまくると思うぜ」
ガーネットは半歩ほど前に出て肩越しに振り返りながら、白い歯を見せて悪童のように笑った。
サクラの特注品の見た目はかなり気になるが、これ以上は情報を聞き出せそうになかったので、ひとまずはガーネットの言う通り『見てのお楽しみ』とするしかなさそうだ。
「で、お前の方はどうだったんだ。マークの奴と何か話し込んでたんだろ。何か面白ぇ話とかしてたんじゃねぇか?」
「別にそんな面白い話題はなかったと思うぞ」
先程のマークとのやり取りは極めて私的な雑談だった。
他人が聞いたところで楽しめるような話題ではないのだが、きっとガーネットはだからこそ聞きたいと思ったのだろう。
「そうだな……例えば、俺の戦い方が【修復】スキルで治すこと前提の捨て身になってるとか、反論できない嫌味を言われたりとか」
「ははっ! そりゃオレにもぶっ刺ささるな。お前がいなけりゃとっくにあの世行きだぜ」
確かにそれはそうなのだが、お前が大怪我をするたびにいつも焦っているんだぞ――なんてことが脳裏を過ぎったけれど、マークにとっての俺も同じようなものなのだと思い直し、言葉をぐっと飲み込んでしまう。
人の振り見て何とやら。
自分自身のことなら実感しにくいことでも、ガーネットのことに置き換えれば納得できてしまう。
「他には、そうだな。里帰りはいつ頃するつもりなんだ、っていうことも言われたな」
「どんな風に答えたんだ?」
「右腕がこんな状態じゃ心配させるだけだから、腕を元通りにできるようになってからだ。そしたらマークも俺に合わせるってさ」
「……腕を戻すっていうと、つまり……」
ガーネットが探るような物言いをするので、俺は真っ向から率直な答えを返した。
「アガート・ラムとの戦いが終わったら。もちろんお前も連れていきたいと思っているんだけど、構わないか?」
俺の言わんとすることを察したらしく、夕日を背負ったガーネットの頬が淡く赤らむ。
「それって要するに……そういうことだよな?」
「ああ、そういうこと。お前の人生の目標を果たして、何の憂いもなく全てを打ち明けられるようになってから、もう一度故郷に帰りたいと思ってる。もちろんお前がそうしてもいいと思うなら……だけどさ」
いつもみたいに加減した蹴りが飛んでくるかと思ったけれど、ガーネットは夕日に頬を照らされて俯き気味に視線を左右に泳がせながら、ぽつりと小さな声で返事をした。
「……だな。そうしようぜ。今度は何の誤魔化しもせずに……」
想定以上の反応をされてしまい、俺まで言葉に詰まってしまう。
いつの間にか、本部から自宅までの短い道程を踏破してしまっていて、このままだと妙な雰囲気のまま家に帰ることになってしまいそうだ。
なので、俺はその前に別の話題を切り出して、空気を変えることにした。
「……そうだ! さっき本部から出るときに、王都からの書簡を渡されたんだった! 家に帰ったらさっそく確認してみるか!」
「そ……そうだな! そうしようぜ!」
お互いあまりに露骨過ぎる態度で強引に話題を切り替えて、駆け足気味に家の中へ入っていく。
この書簡を送ってきた王宮の高官も、まさかこんな形でダシにされるとは思ってもいなかっただろう。
それについてだけは心の中で謝罪しておくことにしたのだった。




