第614話 エキセントリックな改良案
冒険者達と黄金牙の騎士達を相手にした、新装備のプレゼンテーションも無事に終わり、ひとまずは後片付けを済ませてしまうことにする。
借りていた机や椅子を清掃し、持ち込んだ試作品を厳重に運搬用の容器にしまい込み、いつでも引き上げられるように準備を整えておく。
そうして一息ついたところで、ノワールが心の底から安堵した様子で口を開く。
「……よ、よかった……もしも……没に、なったら……どうし、よう、かと……」
「八割方は通るだろうと思ってたけど、これで一安心だな。冒険者連中はともかく、黄金牙騎士団の連中がどんな反応をするのかは読み切れなかったからな」
これまでの経験からして、冒険者ギルドの面々はこの案で了承してくれるだろうという確信はあった。
冒険者だからどうこうという理由ではなく、昔から付き合いのある奴が多かったので、あいつらならこう考えるだろうという視点からの判断である。
「後はミスリルの増産許可が無事に下りればいいんだが。コストの高騰はほとんどミスリルが原因だからなぁ」
「き、きっと……大丈夫、だと……思う……こんな、に、大事……なん、だから……」
「ああ、そうだな。陛下なら適切に判断してくれるはずだ」
魔王戦争では規定量を越えるミスリルの供給に迫られることはなかったが、今回ばかりはそういうわけにはいきそうにない。
地上で犯罪組織として暗躍する古代魔法文明の残党――しかも魔王軍すら凌駕する戦力を保有しているとなると、王宮も原理原則に縛られた杓子定規な決定はしないだろう。
この辺りについては俺達にどうこうできる範囲ではなく、王宮からの返答を待つしかないので、心配しても仕方がないというのもある。
ともかく、今日のところはやるべきことを終わらせた。
本店に戻る必要もないように調整してあるので、しばらく支部の方で時間を潰そうか……なんてことを考えていると、アレクシアが何やら持ち込んだ覚えのない箱をテーブルの上に運んできた。
「よいしょっと。ルーク君、お時間いいですか? 前に発注してもらった義手の試作品ができましたので、とりあえず触ってみてもらいたいんですけど」
「もうできたのか? 最近は忙しかったのに、よく時間が取れたな」
「特殊防具は基本的に私がやってましたけど、こちらは他の機巧技師がメインで仕上げましたからね。もちろん私がチェックしていたので、質についてはご安心ください」
アレクシアが新しい義手を収めた箱を開ける。
その中身は今使っている義手と何ら変わりない外観の腕だった。
「外観と使用感、それと重量はなるべく同じように仕上げてあります。変わったのは主に中身ですね。本来は仕込み武器を内蔵するための構造だったんですが、ルーク君専用の特別仕様で作り込んであります」
試作品の仕様について説明しながら、アレクシアは義手の前腕部の外側を掴み、蓋を外すようにしてカバーを取り除いた。
手首から肘にかけての内部構造が露わになる。
そこには複雑な機構部品など一切なく、ちょうど腕の容積の半分くらいがくり抜かれた容器になっていた。
「仕込み武器の研究はまだまだ継続していますが、現状だとアガート・ラムとの戦いで役立つレベルにまでは持っていけません。元々、対人用の隠し武器を想定していましたから、当然といえば当然なんですけどね」
アレクシアは義手を入れていたケースから、また別のパーツをいくつか取り出してテーブルに並べた。
親指くらいの太さで、中指くらいの長さをした金属製の筒とでも言うべきか。
そんな代物が六本ほど、それと一回り大きな筒が一本。
普通の武器には使われないような部品であり、ちょうど義手の空洞に収まる程度の本数だ。
「こ……これは……何……?」
ノワールが不思議そうにテーブルを覗き込んできた。
垂れてきた前髪が邪魔なのか、手で忙しなくどけながら、正体不明の筒状部品をまじまじと見下ろしている。
ここはアレクシアではなく、発案者の俺自身が説明するべきだろう。
さすがにこんなことまで任せてしまったら、いくら何でも店長の立つ瀬がない。
「前の模擬戦で、俺もメダリオンの使い方を身に着けたって話はしたよな。ガーネットと同じようにするだけでも一苦労で、そのうえ更に【修復】や『右眼』の底力を引き出したら一瞬も耐えられない……ってさ」
「……あ、ああ……だから……義手に、メダリオンを……【合成】……して……氷を、材料に……盾や、剣を、生成……」
「こいつらはそれをやりやすくするための備えなんだ」
筒を一本手に取って蓋を開ける。
「【修復】はベースになる素材があればあるほどやりやすい。だけどいちいち現物を持ち歩くのも、その辺の連中から採取させてもらうのも手間だろ? だから予め、粉末状に【分解】しておいた装備の一部を筒に入れておいて、義手の中に仕込んでおくんだ」
俺はノワールに口頭で説明しながら、蓋を取った筒の中に入れる仕草をして、義肢の中の固定金具に押し付けるようにしてロックさせた。
「この筒の中身は【生成】するたびに少しずつ消耗……というか、外部に作り出す氷の塊の内部に取り込まれるから、少なくとも一回の補充で十回程度は使えるようにと考えたら、これくらいの大きさになったわけだな」
「な、なるほ、ど……じゃ、じゃあ、この……大きな、方は……」
「ああ、それにはメダリオンを入れるんだ」
「……え……?」
これ以上なく簡潔に説明したつもりだったのだが、ノワールは俺の言いたいことを理解できなかったようで、俺の顔と大きな筒を何度も見比べている。
「せっかく生成素材を義肢に仕込んであるのに、肝心のメダリオンを別に持ち運んでたら、余計な一手間掛かるだろ? だからいっそメダリオンも仕込んでしまおうかということで……」
「大き、さ……合わない……ような……」
「メダリオンも【分解】して筒に詰めておくんだ。どうせ【合成】させることで力を引き出すんだから、その前の段階で原型を留めていなくても、機能的には問題がないはずだからな」
「……………………」
ノワールは前髪の下で唖然とした表情を浮かべ、そしてゆっくりとアレクシアの方を見やった。
アレクシアは腕を組んで額に親指を当て、どうしようもなさそうな苦笑を浮かべている。
「陛下からの授かり物を粉砕するって言われたときは、私も耳を疑いましたよ。あの程度なら余裕で【修復】可能なルーク君だからこその発想と言いますか」
「…………凄い、な……」
「うん、二人とも褒めてないってことは分かるぞ」




