第608話 振り向けられる砲口
「――ガーネット! 避けろ! あれは違う!」
熱線の魔力蓄積とはまるで異なる甲高い音がして、大気が炸裂する。
素早く身を捩るガーネット。
その右腕が、肘のあたりから千切れて宙を舞った。
断面からは赤い血肉や白い骨が――覗いてはおらず、断面が融けた鉄のような白い光の塊と化している。
あれもまた魔獣スコルの因子を融合させた影響なのか。
身体能力が強化されている時点で、体内にも変化が及んでいることは明白だったが、まさかあれほどに明確な変化が起こっていたとは。
「ちいっ……!」
ガーネットが剣を握ったままの右腕を引っ掴み、真横へ跳んで正体不明の兵器の射線から逃れる。
そして切断面を押し当てて繋がらないか確かめたようだったが、軽く貼り付いてすぐに外れそうになる程度だったので、牙を剥いて舌打ちらしき仕草をした。
「面倒くせぇモン使いやがって!」
再び照準を合わせようとするヴェストリ。
ガーネットはその度に身を翻し、兵器の延長線上に立たないように立ち回り続けている。
あの兵器は、何かしらの金属の塊を中空構造の内側で加速させて、目にも留まらぬ速度で標的へと撃ち出す物のようだ。
加速原理と最高速度こそ規格外ではあるが、兵器としての破壊原理自体はクロスボウや投石器と何ら変わらない。
超高熱や魔力の投射などではなく、硬い物体を可能な限りの速度で発射することで対象を破壊するという意味では、それこそ投げ槍の延長線上にある兵器だとすら言えるだろう。
あまりの速さに『刺さる』を通り越して『貫き砕く』域に達してはいるものの、決して理解の範疇を越えた攻撃ではない。
「(それにしても……ガーネットはさすがだな)」
この一連の判断を、俺は『右眼』から得られた情報を元に下したのだが、ガーネットは自らの経験と直感から、あの筒の前に立ってはならないと悟ったようだ。
たった一発の射撃を見せられただけで、あれがどういう性質の兵器なのかを即座に理解し、現状の備えで可能な最適解に打って出る。
口で言うだけなら簡単だが、実行に移すのは決して楽ではない対応である。
「ガーネット! まずは右腕の【修復】を――」
「ヴェストリ! どうせならこいつも撃て! 一人だけ暇をさせるのは哀れだぞ!」
すぐ隣から飛んできた一言に思考が止まりそうになる。
ノルズリは立てた親指でさも当然のように俺を指し示し、ガーネットと交戦するヴェストリを煽りだしたのだ。
しかもヴェストリがあっさりとそれに応じ、遠く離れたこちらに向き直ろうとする。
慌てて止めにかかろうとするガーネットだったが、突如として床から現れた腕だけの大型マッドゴーレムに機先を制されてしまう。
左腕に持ち替えた剣で大型の腕を斬り捨てるも、ヴェストリの攻撃を妨げるには一拍遅い。
「……っ! ノルズリ!」
「貴様も戦線に立つのだろう? ならばこれは必要だ。足を引っ張るつもりでないならな」
動揺と憤りが一瞬で冷えていく。
ああ、そうだ――俺もガーネットと一緒にアガート・ラムと戦うのなら、奴らの武器を向けられる覚悟をしなければならない。
その度に身を挺して守ってもらうのか?
守ってもらって傷を【修復】して、それで役目を果たしたと胸を張るのか?
いいや、違う。
ガーネットがああやって自分の戦いに集中している間、俺はせめて俺自身だけでも自力で守らなければならない。
そうでなければ意味がないのだ。
――妙に加速した意識の中で、視界に映る光景がゆっくりに感じられる。
あるいはこれも『右眼』が与える恩恵だったのかもしれないが、さすがにそれを考察している暇はない。
俺はスコルのメダリオンを取り出した小型バッグに手を添え、中に収められたもう一枚のメダリオンを対象にスキルを発動させた。
「魔獣因子、限定覚醒。装填魔獣名――」
かつて、第四階層で意図せずノルズリと戦ったとき。
俺は無我夢中のうちにこの力を使っていた――そんな気がしてならない。
「――ハティ」
ヴェストリの戦闘服から超高速の金属塊が射出される。
確信があった。
その発生源が『叡智の右眼』なのか、それともメダリオンなのかまでは分からなかったが、できるはずだと信じることができた。
いわゆる【修復】スキルとは、物体から引き出した記憶を元に、補填した材料を用いて形状を再現する力。
俺の場合、修復対象の構成物質の半分がなければ正確な形には直せないが、半分を切っていても不完全で歪な形ならば作り出すことができる。
ならば――元の物質がゼロだったら?
形状の記憶だけを他所から持ってきて、異なる素材だけで【修復】をするとしたら?
試したことはない。試すことすらできない。
修復対象もなしに形状の記憶だけを用意するなんて、普通ならできるはずがないことだから。
けれど俺の右眼窩には、俺が知らない情報すら与える『叡智の右眼』が輝いていて。
そして俺の右腕には、氷という名の物質を魔力から生み出す魔獣の力が流れ込んでいて。
だからきっと、できるはずだ。
「……っ!」
イメージするのは強靭な壁。
形状の緻密さなんかどうでもいい。
とにかく厚く、とにかく硬く。あの一撃を防げるほどに。
急激過ぎる魔力の消費に意識が持っていかれそうになりながら、思い浮かべたその形状を目の前に――!




