第607話 装填魔獣名、スコル
空中でヴェストリを捕らえたガーネットの剣閃が、そのまま力尽くで標的を吹き飛ばす。
そしてガーネットは空中で姿勢を整えて軽やかに着地し、すぐさま俺の方に駆け寄ってきた。
「ルーク! 一体どうなってやがる! さっきの角張ったゴーレムみてぇなのは何なんだ!」
「お前、どうして……」
「どうしてもこうしてもねぇだろ! エリカを送り届けてすぐに取って返したらこのざまだ!」
よくよく見ればガーネットの額には透明な汗が滲んでいる。
本人が言う通り、あれからガーネットはできるだけ早く俺と合流するために、大急ぎで走ってきたらしい。
「どこから説明したらいいか……とにかく、あれはアガート・ラムが魔王軍との戦いで使った兵器を鹵獲、復元したものだ。鎧の中身は魔王軍のヴェストリが……」
「くそっ! 騙し討ちを仕掛けてきやがってわけか!」
「違う、そうじゃなくて……」
「馬鹿が。あまりにも思考が単純過ぎるぞ」
状況を誤解しかけたガーネットに、ノルズリの醒めた声が投げつけられる。
ノルズリは強烈な打撃を受けた腹部を片手で押さえ、血を滲ませた口の端を忌々しげに歪めながら、戦いの構えを取ることもなく歩み寄ってきている。
「我々はアガート・ラムの保有兵器を貴様らに貸与してやりにきたのだ。ヴェストリの阿呆が調子に乗って……少し待て」
妙なタイミングで言葉を切ったかと思うと、ノルズリは顔をしかめて少量の血反吐を床に吐き捨てた。
「……ヴェストリが実戦形式で性能を体験しろなどと、妙な趣向を持ち出した。それだけのことに過ぎん。私まで巻き込まれてこの有様だ」
「嘘を吐いてる感じはしねぇな」
ガーネットは俺に横目を向けて、こちらの反応を軽く窺った。
多分、ノルズリの発言が嘘っぱちなら俺が何らかの反応を示すだろう、と考えているようだ。
それからガーネットはノルズリに視線を戻し、皮肉げに口の端を上げた。
「にしても、あの鎧を着込んでる状態だと、テメェよりヴェストリの方がずっと強ぇみてぇだな。アガート・ラムの戦力って奴は馬鹿にならねぇらしい」
「ふん……貴様も貴様で、二槍使いとは随分と実力差があるようだな」
「んだと……?」
ガーネットが顔を上げて睨みつけ、ノルズリがそれを見下すように睨み返す。
「奴は一撃ごとに戦闘服の装甲を抉っていたぞ。しかし先程の貴様は浅い陥没を作るのが精一杯だったな。陛下の佩剣を掠め取っておきながらこの体たらくとは……何とも嘆かわしい」
「その目ン玉、そこら辺の節穴と取り替えたらどうだ? とにかく攻撃を中断させること優先で、踏ん張りも効かねえような空中でふっ飛ばしただけだってのに、んなことも分かんねぇのかよ」
一触即発の嫌味の応酬に黄金牙の騎士達が身構える。
しかし少なくともガーネットは、こういう状況で刃を向ける相手を見誤ったりはしない。
それに、ダスティンとの間に実力差があることについては、ガーネットも明確に否定はしていなかった。
「まぁいい。とにかく、アレはアガート・ラムの兵器なんだろ? だったら丁度いいや。今のオレ達がどこまで通用するか、この機会に確かめてみようぜ」
「ああ、やってみよう」
ガーネットが何を求めているのかは、言葉にされなくてもすぐに分かる。
俺は腰元の小さなバッグから魔獣スコルのメダリオンを取り出して、ガーネットの背中に押し当てながらスキルを発動させた。
「魔獣因子、限定覚醒。装填魔獣名――スコル!」
メダリオンとその内側から溢れ出す特殊な魔力が、ガーネットの全身に溶け込んで魔獣の因子を付与していく。
黄金の髪と同色の狼の耳と尾、鋭い牙と爪、そして外観には表れない強靭な肉体。
アガート・ラムの鎧を纏ったヴェストリが、倒壊した氷の樹林の残骸を吹き飛ばしながら姿を現す。
次の瞬間、ガーネットは獣じみた加速でヴェストリに肉薄した。
「おおおおおっ!」
ガーネットにとって、アガート・ラムは何よりも優先して討つべき相手でありながら、これまでに何度も苦戦を強いられてきた敵でもある。
あれから手に入れた魔獣スコルの力、アガート・ラムの兵器にどこまで通用するのか、普段から確かめたくて仕方がなかったに違いない。
ヴェストリが右肩に背負った熱線兵器を振り向ける。
乱入を受けた時点で蓄積されていた熱と魔力は失われておらず、狙いをつけると同時に膨大な焦熱の奔流が閃光となって放出された。
その規模と熱量は、腕部に内蔵された小型兵器の軽く数十倍。
城壁を城ごと貫通できるのでは思えるほどの強烈な熱線を、ガーネットは回避も防御もしようとはせず、剣を握っていない左腕を突き出すだけで迎え撃った。
直撃、炸裂――しかし想定される破壊は全く起こらず、灼熱と閃光の暴風が渦を巻き、それらの全てがガーネットの肉体に吸い込まれていく。
「効かねぇなぁっ!」
歓喜すら感じさせる叫びと共に、ガーネットが灼熱を帯びて黄金に輝く左拳を叩き込む。
ヴェストリは鎧に覆われた左腕と、土の魔法で補った右腕を体の前で構えて防御を試みるも、そのどちらもが容易く打ち抜かれて、胸部装甲すらも溶かされて拳大の穴を穿たれた。
魔獣スコル――ガーネットに宿らせた因子の本来の持ち主は、第二階層の天井に寄生して、本来なら天井の発光に用いられる熱と魔力を吸い上げて再生を図っていた。
近付けばそれだけで黒焦げになりかねない超熱量も、スコルにとっては肉体に纏って攻撃手段に転用できる『餌』でしかない。
そして、スコルの因子によって肉体を強化したガーネットも、アガート・ラムの驚異的な熱線兵器を完全封殺できる体を手に入れているのだ。
「次ぃっ!」
拳を引き抜く勢いで全身を横に一回転させ、ヴェストリの側面から蹴りを見舞う。
直撃の瞬間に灼熱が解放され、爆発じみた閃光の衝撃が上乗せされる。
両腕を失いながら吹き飛ばされるヴェストリ。
しかし奴は転倒することなく踏ん張って着地すると、今度は左肩の後部に固定されていた筒状の兵器を、下回りの回転で脇腹まで移動させて固定した。
「次は何だってんだ!」
「――ガーネット! 避けろ! あれは違う!」




