第605話 恐るべき力の片鱗
「……いや待て! ヴェストリ、貴様! 何故私まで巻き込む!?」
カカカ、とヴェストリの笑い声が響く。
つい最近まで戦争状態にあった相手だということを度外視すれば、最若手の幹部が古株からいいようにからかわれているという様に、同情というか共感というかを覚えずにはいられない。
ヴェストリがノルズリに対して情報を伏せていたのは、悪意からの嫌がらせではなく、悪意なく弄んでやろうという発想が発端にあるのだろう。
「貴様はその体になってから人形共と戦ったことがあるまい」
「人形との交戦なら中立都市で経験済みだ」
「あれらは鎧を纏っておらなんだのだろう? 本格的な戦いが始まる前に、人間共を交えての戦闘経験、できる限り積んでおけ」
「……くっ……」
ノルズリは不承不承にヴェストリへの反論を取りやめた。
二人のやり取りが終わったと見て取ったダスティンが、二振りの魔槍を覆う呪符を解いて戦闘態勢に移る。
「話は終わったか。遠慮なく行くぞ」
「うむ、好きに打ちかかってくるが――」
――閃光の如き踏み込み。
ダスティンは俺の動体視力が追いつかない速度でヴェストリとの間合いを詰め、一呼吸の間に二槍の連撃を嵐の如く叩き込んだ。
後方へ吹き飛ばされるヴェストリ。
しかし、その身を覆うアガート・ラムの鎧には大した傷が付いておらず、ヴェストリは転倒すらせず容易く着地した。
「カカカ! 挨拶代わりにしては荒っぽいのう!」
「鎧の下も生身の肉体ではなく人形なのだろう? ならば同盟も協定も気にせず叩き潰せるというものだ」
「壊れたところでルーク・ホワイトウルフが【修復】できる故な。こちらも殺さぬ程度に抵抗させてもらうとしようか!」
アガート・ラムの鎧が両方の掌を前方へ向ける。
掌底に穿たれた孔に眩い光が溢れ、灼熱の光芒が射出される。
ダスティンは驚きもせずに閃光の射撃をかいくぐり、弧を描くような両槍の一撃を両腕に見舞う。
攻撃が当たった部分はちょうど両肘の内側の関節から、指二本分だけズレた箇所であった。
「……間一髪で腕をずらしたか」
「装甲が堅牢と見るやいなや、すぐさま関節狙いに切り替える。二十年やそこらの半生で随分と戦闘経験を積んだとみえる」
まるで雑談でも持ちかけるような悠長さを見せるヴェストリだったが……しかし同時に次の一手の準備を整えていた。
槍を受けて弾かれた両腕の手首だけを曲げ、掌を内側に向けて閃光を放つ。
先程よりも格段に出力が低かったが、予備動作も短い奇襲射撃。
しかしダスティンはそれすら予測していたかのように、素早く身を翻して間合いを引き離した。
「ダスティンの奴、顔を合わせるたびに磨きをかけてやがる」
「ル、ルーク殿! 石の床と壁が溶けて……! あれが報告にあった、アガート・ラムの兵器……!」
立ち会いの黄金牙の騎士が驚きの声を漏らす。
中立都市を襲った人形達に搭載されていた内蔵兵器――現在のところ、人間側で実際にあれを目にしたのは、中立都市の戦いに参加した一部の騎士と冒険者だけだ。
大部分の人間は俺達からの報告で間接的に知ったに過ぎず、現物を目撃した驚きはかなりのものだったようだ。
「詳しい原理は分からないけど、魔獣スコルの能力を縮小したように見えるな」
「これで縮小版ですか……魔物ならぬ魔獣とはそれほどまでに……」
「もしも『こいつに耐える鎧を作れ』だなんて言われたら、いくらなんでもお手上げかもな」
発言自体は冗談混じりのものだが、この熱線に防具で耐えられるものなのかというのは、ずっと前から懸念していることではあった。
少なくとも物体の強度で防ぎ止めるのは不可能に思える。
仮にあれを受けても溶けない装甲が造れたとしても、あくまでそれは『灼熱を浴びても燃えたり溶けたりしない』だけであり、着用者の方が耐えられずに死んでしまうかもしれない。
やはり最善手は魔道具による『触れない防御』だろうか。
ガーネットの剣に刻まれた防御魔法――魔力の障壁のようなもので遮るのが最も確実なように思える。
そんな風に武器屋としての思索に浸っていると、ヴェストリとの戦いに動きがあった。
「カカカ。小型熱線砲は当たる気がせんし、槍も一撃や二撃なら防げても、装甲が少しずつ抉れてきておる。こいつはいよいよ本腰を入れて……む?」
飛び退こうとしたヴェストリの動きがピタリと止まる。
アガート・ラムの鎧に覆われた両足が、分厚い氷に包み込まれて床に貼り付けられていたのだ。
「フン、人間との共闘など虫酸が走る」
「その割には絶妙な――」
ヴェストリの胴体に魔槍の切っ先が突き刺さる。
人間離れした加速と全体重を乗せた真正面からの一点突破に、横薙ぎの連打を防いでいた装甲も強度限界を突破され、穂先が深々と装甲を穿ち抜いてく。
「違う! そこは無意味だ!」
ノルズリが叫んだ瞬間、氷に囚われた両足の後部で凄まじい閃光が迸ったかと思うと、分厚い氷が粉々になって飛び散った。
間髪入れずに素早く距離を離すダスティン。
そこにノルズリが肩を怒らせて駆け寄ってくる。
「馬鹿か貴様は! 人間ならそこは肝臓のある急所だろうが、人形の腹に臓腑などない! 狙うべきは頭部、次いで胸部だ!」
「分かっている。だがそれらのバイタルパートはひときわ厚い装甲で守られているのだろう。あの瞬間にすぐさま繰り出せた刺突では胸部装甲を穿つには足りなかった……それだけのことだ」
「……ふん、承知の上だったなら、それでいい」
「十分な溜めさえできれば胸部を穿つこともできただろうが……恐らく間に合わなかっただろうな。ああして逃げられる方が早かった」
図らずも肩を並べるダスティンとノルズリ。
両者は油断のない視線を、揃って頭上へと向けている。
その視線の先にあるのは――両足と肩から吹き出す炎によって宙に浮かぶヴェストリの姿だった。




