第604話 アガート・ラムの鎧
「……貴様、どこまで他人を愚弄すれば気が済むのだ」
ノルズリが不愉快そうにヴェストリを睨む。
こいつにとっては身内に騙されたようなものなので、俺達よりも苛立ちの度合いが段違いに大きいのだろう。
それにしても、まさかさっきまで喋っていた相手が人形だったなんて……と、ここまで思い浮かべたところで、よくよく考えれば実行そのものは最初から不可能ではないと分かりきっていた。
まずそもそもアガート・ラムの人形自体が精巧に人間の動きを再現可能で、なおかつヴェストリは人間に成りすました土人形を遠隔操作してのけた事実がある。
実際に土人形を操ったのは、ヴェストリの力を貸し与えられたブランではあるが、貸した本人が同じことをできない道理はないだろう。
「カカカ。さて、ルーク・ホワイトウルフよ。準備は整えてやったぞ?」
「……分かった、やってみよう」
人形の素体が剥き出しの顔からヴェストリの声が聞こえるのは、率直に言って気味が悪い光景だったが、ひとまずその嫌悪感は脇においておくことにしよう。
地下空間の床に置かれた武具と自律人形の残骸の前に膝を突き、片手を触れさせてスキルを発動させる。
「スキル発動――【修復】開始」
アガート・ラムの正規兵用の武器は、想像以上に複雑で奇怪な構造をしている。
アレクシア率いる機巧技師達が作る製品と比べても、構造の複雑さが桁一つは違う。
各部品がどんな役目を担っているのか見当も付かないくらいだ。
しかし、俺の【修復】スキルにとっては大した問題ではない。
なぜなら【修復】は対象の物体に宿る『こういう形状をしていた』という記憶を読み取り、その情報に基づいて形状を再現する仕組みだからだ。
俺自身が構造や原理を把握したり理解する必要などなく、対象に宿る記憶さえ引き出してしまえば、後は自動的に図面通りの再構築が始まっていく。
たとえそれが未知の技術で生み出された機巧であったとしても――
「――よしっ、できた……と思う」
バラバラの状態で床に並べた部品を見下ろし、短く息を吐く。
仕上がり結果は良好そのもの。
防具は全身を覆う分厚い甲冑だが、デザインの方向性は地上の鎧と大きく異なり、全体的に直線的で鋭角的な形状をしている。
指周りはさすがに丸みを帯びているが、その程度だろう。
鎧の内側も普通の人間用とは完全に別物だ。
本来なら肉体と鎧の内側に生じる空間的な遊びは生じそうになく、まるで部品と部品を密着させて取り付けるようなものでは、と感じてしまう。
また、鎧の内部に何らかの機巧がいくつも仕込まれているようで、外観は人体そのものではなく、実際に着込めばかなり歪なものとなりそうだ。
武器の方は……正直よく分からない。
中空構造の筒状の部品が複数あったり、恐らくは人形の内部に仕込まれていた熱線照射機能の拡大版と思しきものがあったりしたが、白兵戦用装備だと分かるようなものは見当たらなかった。
「見事見事。さすがはアルファズルの器たりうる男よ。あるいは復元能力だけを比べれば、アルファズルの名を得る前の名もなき者だった頃のあやつは越えているかもしれんな」
「またそんな大袈裟な……いや、ちょっと待て。その口振りだと、まるで昔からアルファズルを知っているような……」
カカカ、という特徴的な哄笑がひときわ大きく響き渡る。
ヴェストリは具体的な返答をしようとはしなかったが、代わりにノルズリが先程の意趣返しだとばかりに口を開いた。
「知っているも何も。アルファズルはガンダルフ様が友と認めた唯一の人間で、ヴェストリはガンダルフ様がお生まれになったときから仕えていたらしいからな」
「……本当、何年前から生きてるんだ……?」
「私も知らん。いや……聞いたことはあるが、冗談で誤魔化されたとしか思えん。貴様らの尺度で言うなら『千年前から生きてきた』と言われたようなものだ」
「化け物か?」
「あの与太話が真実なら化け物だな。天地がひっくり返ってもあり得んが。エルフといえどそこまでは生きられんよ」
思わずノルズリと率直な感想を交わしてしまう。
ノルズリにそんな分かりやすい嘘をついて担ごうとする――魔将達の人格を理解できたつもりは毛頭ないが、ヴェストリなら普通にやりそうだなと思ってしまった。
ヴェストリは俺達のやり取りに微塵も興味を示さず、床に並べられた部品の一つを拾い上げると、それに埋め込まれていた赤い飾りをカチリを押し込んだ。
――次の瞬間、バラバラのまま散らばった武具の部品が魔力の光を帯びて浮き上がり、ヴェストリが遠隔操作する人形の体へ襲いかかるように殺到した。
「なっ……!」
何が起こったか分からないことを理由とした驚きは、最初の一瞬で薄れて消えた。
その代わり、何が起こったか分かってしまったが故の驚愕が、胸の奥から怒涛のように湧き上がってくる。
「まさか……自動的に、装着した……のか……?」
あり得ないという直感的な思いと、古代魔法文明絡みの技術ならあり得てもおかしくないという客観的な考えがぶつかり合い、次第に後者が優勢になっていく。
アガート・ラムの鎧を身に帯びた自律人形の姿は、バラバラの部品から受けた印象と同じ姿をしていた。
鋭角的な装甲に、肩周りや胸部、前腕部、脚部などが、内蔵機巧で僅かに膨れ上がったシルエット――武器と思しき中空構造の棒、あるいは筒のような部品は、両肩の裏側に一つずつ掛けられて、先端を足元に向けていた。
恐らく武器の方は鞘に入れられた剣のような待機状態か。
人形本体が持つ内蔵武器も使用可能であるようだ。
兜に刻まれたスリットはガラスよりも強靭な透明部品で保護されており、その奥で赤い光球のようなものが動くのが見えた。
「――見事。実に見事。我らが技術によって成し得なかった復元をこうも容易く――やはり貴様を味方に引き込めなかったのは痛恨だ」
「お世辞はもういい。そんなことより、ただ【修復】して終わりじゃないんだろう?」
「無論だとも。せっかくこうして復元も完了し、破損も負傷も【修復】できる人間がおるのだ。性能をその身で確かめずに終わるわけにはいくまい?」
そしてヴェストリは兜の奥の眼光を、ダスティンとノルズリに向けた。
「存分に挑むがいい、魔王狩りよ。それとノルズリ。貴様も掛かってくるがいい」
「いいだろう。アガート・ラムの保有戦力、どの程度のものか確かめてやる」
「……いや待て! ヴェストリ、貴様! 何故私まで巻き込む!?」




