第602話 魔王軍の鹵獲品
「意外と早かったな。もう少し待たされるかと思ったが」
「やっぱりお前か。呼び出し方のバリエーションとか増やされても困るんだけどな」
魔王軍が俺達に何らかの穏健な干渉をしてくる場合、何故かこいつが派遣されることが多い。
以前の独断専行の記憶も新しいというのに、何事もなかったかのように送り込んでくるあたり、魔王軍の考えることを完全に理解するのは難しいようだ。
……なんてことを考えていると、当のノルズリが露骨に不本意そうな顔をして吐き捨てるように口を開いた。
「冗談を言うな。今回は私が足を運ぶつもりなどなかった。他の魔将が担当する案件だったのだが、急に手伝いがいるだのと言い出されただけだ」
「他の魔将?」
「カカカ。もしかしたら必要な人員が揃わんかもしれんと思ってな」
地下空間の奥からもう一人の魔将が姿を現す。
長命種であるダークエルフでありながら、完全に老いさらばえるほどの加齢を重ねた老魔将――土のヴェストリ。
「久しいな、ルーク・ホワイトウルフよ。此度の用件は、こやつではなく儂が担当することになっている。理由は先程言った通りだ。まぁ、杞憂に終わったようだったがな」
ヴェストリは皺だらけの顔に笑みを浮かべながら、地下空間の壁に背中を預けて佇むダスティンを横目で見た。
「あやつの実力は儂もよくよく理解している。以前の戦争で完全にしてやられたからのぅ。儂をああも痛めつけた輩は、イーヴァルディの手勢にもそうそうおらんかったぞ」
「それはお前が最前線に出てこなかったからだろう」
「何を言うか。ゴーレム部隊の指揮官が最前線に出てどうする。大局を見よと何十年も教えているだろうに」
ノルズリは嫌味の一つでもぶつけてやろうと思ったのだろうが、生憎と両者の関係性はヴェストリの方が僅かに上のようだ。
やはり長命のダークエルフであり、なおかつどちらも魔将という最高幹部の地位であっても、長年の実務経験を積んできたベテランの方が立場は強いのだろうか。
「さて、そこな二槍使いの人間よ。此度の実験、貴様にも手を貸してもらうぞ」
「……構わん。下手な真似をすれば二人とも斬って捨てるがな」
ダスティンは二人の魔将に対して、さほど強い関心を抱いていないようにも見える。
俺はさり気なく壁際のダスティンに近付き、そして小声で話しかけた。
「いいのか? あいつらも魔王ガンダルフの部下だが……」
「無意味な問いだな。解答は聞くまでもなく理解しているだろう。それくらいの腐れ縁ではあるのだからな。お前はきっちりと合理的に割り切る奴だ」
「まぁ……そうだな」
短く嘆息し、俺も肩を並べて壁にもたれかかる。
魔王狩りのダスティン。
かつて共に生きてきたパートナーの命を、とある魔王の手で奪われたことをきっかけに、魔王を狩ることを人生の目的に据えた男。
しかし、何も考えずに片っ端から『王を名乗る魔族』に喧嘩を売るだけなら、Aランクへの昇格はおろか十年も生き残り続けることなどできはしなかったに違いない。
「常に魔王を狩ることばかり考えてはいるが、魔族全体を恨むなんて非効率な真似はしちゃいないし、優先順位の付け方も間違えたりしない」
「まず狩るべきは魔王イーヴァルディ。ガンダルフはその後でいい。あの連中も役に立つなら使い潰すまでだ。後々、ガンダルフを狩るときに立ちはだかるというのなら、そのときに殺せば事足りる」
「それを聞いて安心したよ。分かりきっていたことではあるけど、事実確認できるかどうかで安心感が違うからな」
少なくともダスティンは魔王軍との共闘を受け入れてくれている。
既に予想できていたことではあるが、本人の口から改めて確認したことで、今度は何の憂いもなく確定事項として扱うことができる。
俺は壁際から背中を離し、再び二人の魔将と会話を交わすことにした。
「ノルズリ。それと土のヴェストリ。俺達を呼び出した理由は一体何なんだ? この奇妙で広大な地下室とも関係があるのか」
「答えろ、ヴェストリ。私は雑務の手伝い以上をする気はない」
「カカカ……焦る必要などないのだがな」
ヴェストリは特徴的な笑い声を立てながら、おもむろに片手を上げた。
すると地下空間の奥――先程ヴェストリが姿を現した暗がりから、土製のゴーレムがゆったりとした動作で歩いてきた。
「ルーク殿。彼らが第一階層に持ち込んだのはあのゴーレムだけです」
立ち会いを勤める黄金牙の騎士がすかさず説明を入れる。
だが、どうせヴェストリのことだ。
あれは見た目通りのゴーレムであるはずがない。
俺はゴーレムの正体を暴こうと右目に生身の左手を持っていったが、しかし『右眼』を発動させる前に、ヴェストリがそれを制止した。
「いらん。これから何もかも説明してやるとも。こんなことでアルファズルの『右眼』を使うのはもったいないぞ」
ヴェストリが上げていた右手を小刻みに動かすと、その動作が命令入力の手順であったかのように、土製のゴーレムが緩慢な動作で行動を開始した。
左右で合計十本の太い土の指が、分厚い土の胸部にあてがわれ、先端がずぶずぶと根本までめり込んでいく。
更にその状態で両腕を左右に引き、まるで土製の蓋をこじ開けるかのように、ゴーレムが自分自身の胸部をこじ開けていく。
――すると、その内部から大量の金属塊がごろごろと転がり出てきた。
わざわざ『右眼』を使うまでもなく、それらが無加工の金属などではなくて、高度な技術で製造された金属加工品であることが見て取れる。
「鎧? いやそれにしては種類が多すぎる……アレクシアがいればもっと詳しく分かったか……」
「アガート・ラムは我らの地上侵攻の隙を突き、まんまと我らの本拠を奪い取ったわけだが、しかし全く損害を受けなかったわけではない。これはそのときの鹵獲品……アガート・ラムの武具よ」




