第600話 集まる敬意、近付く不穏
――セオドアとの意見交換から更に数日後、俺は『日時計の森』の第五階層に位置する冒険者ギルド支部に足を運んでいた。
厳密には、ギルド支部の一画に間借りしているホワイトウルフ商店のホロウボトム支店に用事があった。
同行しているのはいつも通りのガーネットともう一人、薬術師のエリカである。
「すみません、商品の運搬なんか手伝ってもらっちゃって」
「気にしなくていいって。こういうのも大事な仕事のうちなんだからさ」
元々は要塞だったギルド支部を三人連れ立って歩きながら、移動中の暇潰しも兼ねた雑談を交わし続ける。
「つーか、ここまで来てから言うのも遅ぇとは思うけどよ。別に店の金で冒険者でも雇って運ばせりゃよかったんじゃねぇか?」
「それも考えたんだけどな。ちょっと急ぎの補充だったから、依頼受諾の返事が来るまで待ってらんなかったんだよ」
「だからって、馬鹿でかいリュック背負って一人で行こうとするのは止めとけよな。あんまりにもあんまりだったんで、思わず二度見しちまったじゃねぇか」
「う……多分いけるとか思っちゃったんだってば」
同年代の少年少女らしい会話をするガーネットとエリカの背中を、俺は少しばかり後ろから静かに眺めていた。
俺達が背負っている背嚢の中には、幾つものガラス容器に瓶詰めされたポーションが、緩衝材代わりの布と一緒に詰め込まれている。
最初、エリカは三人で分担している荷物を、全て一人で背負って支店に向かおうとしていた。
それを見かけた俺とガーネットが、さすがに大変だろうということで、荷物を分担して持っていくことにしたわけである。
俺達三人はそのまま支店に直行して、発注されていた大量のポーションを納品し、文字通り肩の荷が降りた気持ちで一息つくことにした。
「ふー……まだ肩に何か乗ってるみたいです」
「一人で来てたら行き倒れ待ったなしだったな」
「さすがに遭難はしないでしょ。シルヴィアだって当たり前に行ったり来たりしてる場所なんだからさ」
エリカの言う通り、この『日時計の森』は数あるダンジョンの中でも格段に安全な場所である。
天井がない開放型ということもあり、発見からしばらくはダンジョンの定義に合致することすら気付かれず、グリーンホロウの住人が良質な薬草を求めて平然と入り込んでいたくらいだ。
さすがに『魔王城領域』に直結していると判明した直後は危険視もされたが、黄金牙騎士団の要塞が建てられたりするなどした結果、むしろ以前よりも安全性が高まっているとすら言えた。
人通りもちょっとした街中並に多く、治安維持担当の銀翼騎士団の巡回ルートにもなっているので、昼間かつ整備された道を外れなければ危険に巻き込まれることもまず起こらないだろう。
そんなことを考えて支部の中を歩いていると、あちらこちらから色んな人物が声を掛けてくる。
――大抵は俺がその対象だ。
武器屋の品揃えや在庫についての質問や、商品の使い心地に満足しているという感想に、自分のところの製品も取り扱わないかというセールストーク。
ダンジョン最深部の探索に関する情報を求める冒険者もいれば、自分のパーティーのメンバーとして復帰しないかと誘う冒険者もいる。
中には、俺がグリーンホロウの名目上の領主であるということで冗談混じりに減税を求める町の住民もいたりするが、残念ながら税率を含む町政は町役場に丸投げしてあるので、文句はそちらに言ってもらわないと意味がない。
「相変わらず、うちの店長は有名人だな。お前の顔を知らない奴なんて、この町にいないんじゃねぇか?」
ガーネットはからかうようにそう言って笑ったが、どことなく嬉しそうに感じているようにも見えた。
「有名なのは俺ばっかりじゃないだろ。例えばほら……」
俺が視線を向けた先から、若い冒険者達が駆け寄ってくる。
ガーネットとエリカは、彼らも当然俺に話しかけようとしているのだと思ったようだったが、彼らの視線の先にいるのは俺ではない。
「いたいた! ええと、胡桃街道のエリカさんですよね!」
「えっ……ええっ!? あたし!?」
「ありがとうございます! いやぁ、もうエリカさんの薬のお陰で何度助けられたか!」
「いやそんな、別に凄いこととかしてなくって……あわわ……」
口々に感謝を述べる冒険者達に、エリカは顔を赤くしてあわあわと口籠ることしかできていない。
自慢じゃないが、ホワイトウルフ商店はグリーンホロウでもかなり名の知れた店であり、エリカの作る薬はノワールの魔道具に並ぶ売れ筋商品だ。
買い替えのペースが緩やかな武器防具と違い、薬は消耗品である。
体力回復に応急手当、解毒に眠気覚ましに酔い覚まし――効率的な探索のノウハウを身につけられていない若手冒険者にとって、エリカの薬はまさしく命綱。
エリカ本人にとっては数いる客の一人でも、薬に助けられた側は強く印象に残っているものだ。
「それじゃあ、またお店に寄りますから!」
若い冒険者達が去っていった後、エリカは顔を紅潮させて表情を歪めたまま、固まって微動だにせず立ち尽くしていた。
「ったく、将来的に自分の店を持つっていうなら、これくらいは慣れとけよな。白狼のを見習えよ?」
「い……いやいや、これは不意討ちだったというか……ていうかガーネット! 他人事だと思ってニヤニヤしやがって! お前だってこういうことあるだろ!?」
「ないない。オレの方にはありゃしないって」
妹の方ならいざ知らず――ガーネットの言葉の続きにはそんな補足が隠れている。
「いーや、あるって! 例えばほら……」
エリカが顔を向けた方向からまた別の一団が近付いてくる。
しかし彼らは先程の面々とは明らかに違う。
なぜならその一団は、要塞の防衛を司る黄金牙騎士団の団員達だったからだ。
皆様の応援のお陰で、いつの間にやら第600話の大台に乗っておりました。
まだまだこの調子で頑張っていきたいので、今後も応援よろしくおねがいします。
我ながらここまで頻繁に投稿が続くとは、スタート時点では夢にも……。




