第599話 考察、敵戦力 後編
俺達が魔王ガンダルフと対峙していたその頃、サクラはこれまで以上の戦闘能力を引き出すという名目で魔将スズリに戦いを挑まれ、一対一の死闘を繰り広げていた。
それを通じてサクラが何を感じ取ったのか――それは今度の『相談』で詳しく聞かされることになるのだろう。
しかし、そのときのやり取りや出来事については、第四階層から撤収する前にある程度伝えられている。
この辺の情報共有を疎かにしない辺りも、サクラが持つ冒険者の素質の一つといえるだろう。
「(確かサクラに聞かされた内容は……)」
――貴様らがこれまで戦ってきた人形は、潜伏仕様の機能削減型に過ぎん――
――地上の王国とアスロポリスに人知れず潜むにあたり、最大性能を引き出しうる人形では隠蔽しきれない――
――そう判断されたが故の劣化品だ――
「(……こんな感じだったな。ノルズリの発言と矛盾しているようにも思えるけど、多分違う。きっと両方とも正しいんだ。視点の角度がそれぞれ違うだけで)」
ノルズリ曰く、夜の切り裂き魔は潜入特化の軽装仕様であるが、幹部率いる人形部隊は制式仕様であり直接戦闘能力の桁が違う。
スズリ曰く、夜の切り裂き魔と幹部率いる人形部隊はどちらも潜伏仕様の機能削減型である。
単純に考えればどちらかが間違っているように思えるが、どちらも両立させて考えることも十分に可能だ。
「夜の切り裂き魔は人形としての肉体そのものに手が加えられていて、地上における無補給の長期潜伏を可能としたものの、戦闘能力や武装の面では劣化せざるを得なかったのでしょう」
まずこれがノルズリの証言の意味するところ。
そして次がスズリの言わんとしたことだ。
「中立都市に現れた人形達の肉体は、特段の改修を受けていない標準的な性能だったのでしょう。人間に成りすまして居住区に引きこもる前提だったので、そこまで念入りな隠蔽は必要なかったはずです」
一旦そこで言葉を切り、深く呼吸をして息を整える。
「しかしながら、彼らもまた武装の殆どが内蔵式でした」
俺もあの戦場の全てを把握しているわけではないので、例外なくそうだったと言い切ることはできないが、奴らの武装の大部分が人形の体内に仕込まれていたことは間違いない。
仮にそうではない武装があったとしても、中立都市の管理者達に気取られないように準備する必要があった以上、決して大規模な準備はできなかったことだろう。
「ハダリー達には『中立都市側に気付かれてはいけない』という制約があったはずです。武装の大部分が内蔵式だったのは恐らくそのためでしょう」
セオドアは途中で口を挟もうとはせず、どこか楽しげに俺の言葉に耳を傾けている。
なので、俺は遠慮なく言葉を続けた。
「内蔵式の武装には、人形の肉体の体積に収まる大きさでなければならないという制約があります。例えば俺の義手にクロスボウの発射装置を仕込んだとしても、それは威力も射程も通常のクロスボウに大きく劣るに違いありません」
アレクシアが受けた『武器を仕込んだ義肢』の開発依頼。
それをどのような形で実現したとしても、同じ技術を投じて作られた通常の武器の性能を上回ることはないだろう。
「体内に武器を仕込むことのメリットは、隠匿性の高さ、そして通常兵器を併用できることだと思います。しかしハダリー達はその長所を活かしきれていなかった。つまり……」
「第三階層の人形達は、肉体に内蔵していた武器を凌駕する、同系統の通常兵器を装備しているに違いない。そういうことだね」
セオドアが食い気味に身を乗り出してくる。
どうやらこの反応から察するに、想像もしなかった仮説に驚いているわけではなく、俺が自分と同じ発想に至ったことを喜んでいるらしい。
「やはり最初から見当はついていたようですね。相変わらず人が悪い。それならそうと言ってくれたらいいでしょう」
「すまないね。荒唐無稽な妄想になってはいやしないか不安だったんだ。けれど君と意見が一致した以上、胸を張って主張することができそうだ。感謝するよ」
「買いかぶり過ぎですね」
アレクシアやノワール辺りならまだしも、俺が何か言ったところで大した説得力にはならないだろう。
ひとまず喉を潤そうと思い、ずっと放置したままだった甘い食後酒に口をつける。
俺が延々と話している間にセオドアはもう半分くらい飲んでしまっていたし、ガーネットに至ってはとっくにグラスが空っぽだ。
「……とはいえ、単に仮説の裏付けをさせられただけで終わるのは、少しばかり癪ですね。なのでもう一つ、ひょっとしたら貴方が思いついていなさそうな仮説を上乗せしましょう」
「へぇ、それは興味深い。お願いできるかな?」
「メダリオンです」
俺がそう口にした瞬間、セオドアの瞳に真剣な光が宿る。
「魔獣スコル、魔獣ムスペル。彼らは二つのメダリオンを使っていました。これが『保有数の全て』とは考えにくいですし、ましてや『使い方の全て』であるとは到底思えません」
「……それは例えば、魔法使いが魔獣因子を肉体強化に用いたり、ガーネット卿に魔獣ハティのメダリオンを融合させるような?」
「可能性の一つとしては有り得ますが、何せ肉体が無機物ですからね。同じようにやれるかどうかは未知数としか。少なくともメダリオンについての理解はあちらの方が上でしょうし」
グラスを傾けて食後酒を煽り、そしてセオドアの顔をまっすぐに見据え返す。
「ですが想像ならできます。例えば破損したメダリオンから生み出される、肉体的に不完全な魔獣……そいつを人形の部品で補って形にしてしまう……とかね」
「なるほど……やはり君に声を掛けて正解だったね。面白い考えだ」
セオドアは口元だけに笑みを浮かべ、酒の追加を要求すべく手元のベルを鳴らしたのだった。
【おしらせ】
前日にアナウンスしたとおり、6/14分の更新は過去投下部分へのエピソード追加の形となりました。
第596話 腕に秘めしは熱意の結晶
https://ncode.syosetu.com/n3353fc/596/
これに伴い、元々の第596話から第598話までが1話ずつ後ろにズレると共に、前後の表現の一部が僅かに書き直されています。
具体的に言うと、新エピソードは山の湖でサクラに出会った話の次に挿入され、夜の町でセオドアと出会って以降の話が追加分の後に回っています。
混乱させてしまって申し訳ありませんが、こうした方が全体の出来栄えが良くなるだろうと判断し、後からの追加という形を取らせていただきました。




