第598話 考察、敵戦力 前編
「……さて、空腹も満たしたことだし、そろそろ本題に入るとしようか」
結局、俺は料理の味を楽しむ余裕もないままに、文字通り空腹を満たすだけ満たして食事を終わらせた。
別に味が分からなかったわけではなかったが、隣のガーネットも向かいのセオドアも完璧なテーブルマナーで振る舞っていて、居合わせているだけでも妙なプレッシャーを感じてしまう状況だったのだ。
店の従業員が皿を下げ、人数分の食後酒を置いて立ち去っていく。
「ここは内緒話をするのに最適でね。利用者の一割くらいは、他の誰にも聞かれたくない話をするために来ているんじゃないかな」
そしてセオドアは、世間話をするときと変わらない余裕に満ちた声色で、俺達をここに招いた本題を切り出した。
「僕達の次なる敵は『元素の方舟』の第三階層に潜むアガート・ラムだ。ドワーフの魔王イーヴァルディが、その技術力をもって生み出した、古代人の魂を宿す人形達。どう考えてもかつてない強敵だ」
まずは俺達も当然に把握している情報の再確認から。
あくまでこれは重要な議題を切り出すための前振りであり、セオドアも深くは掘り下げようとせず、話を次の段階へと進めた。
「当然ながら、第三階層に挑むためには相応の備えが必要だ。武器が要る。防具が要る。魔道具が要る。現状は魔王軍からの情報提供と、王宮からの指示を待っている段階だが、方針さえ定まればすぐにでも準備を整えなければならない」
「分かっています。白狼騎士団としてだけでなく、武器屋として……ホワイトウルフ商店としても全力で協力するつもりです」
恐らく、次の戦いはダンジョン探索中の偶発的戦闘に収まらず、魔王戦争以来の大規模な戦闘になるだろう。
その戦いに黄金牙騎士団やその他の騎士団を投入するのか否か、そして最前線における魔王軍との共闘をどの程度まで受け入れるのか……王宮の判断を待たなければならないことは山ほどある。
さすがに白狼騎士団の権限で決めろといわれたら、比喩ではなく胃がねじ切れて死んでしまう。
こればかりは王国の最高権力に丸投げする必要がある。
そうしてアガート・ラムとの戦いの計画が固まれば、ようやく俺の出番となる。
武器屋の店主としては、要求性能を満たした武器防具の開発と製造を。
騎士団の団長としては、冒険者ギルド支部や作戦に参加する冒険者パーティーとの仲介役を。
現状は王宮の判断待ちであるため、今日一日ゆっくり休んだりすることもできたわけだが、そう遠くないうちに再び忙殺されてしまうのは確定的だった。
「ありがとう、期待しているよ。ところで……これまでに君達は、アガート・ラムの人形と二度に渡って交戦した経験があるそうだね」
「……はい。一度目は王都で連続殺人に手を染めていた夜の切り裂き魔と……二度目は第二階層の中立都市に襲撃を仕掛けた、アガート・ラム幹部ハダリー率いる人形の集団と……」
「うん、実に頼もしい。武器や防具の製造者が、仮想敵との戦闘経験を誰よりも積んでいるというのは、不幸中の幸いと言うべきだろう」
セオドアは椅子の背もたれに体重を預け、そして声調を一段階落として言葉を継いだ。
「これまでに戦ってきた人形達の戦闘能力からの推察で構わない。第三階層で交戦することになるであろうアガート・ラムの戦力について、君なりの予測を聞かせてもらいたい」
「……それはつまり、第三階層にいる人形の戦闘能力を想像してみろ、ということですね」
質問内容の確認に無言の首肯が返される。
俺は口元に手をやって、過去の記憶を引っ張り出して思考を巡らせた。
まずは夜の切り裂き魔だが、旅芸人のアズール達に成り代わったあの人形は、正面切っての戦闘でガーネットすら追い詰めるほどの戦闘技術と身体能力を――あれを身体と呼んでいいのかは分からないが――誇っていた。
しかし魔将ノルズリに言わせれば、あれは潜入特化の軽装仕様に過ぎないとのことだった。
言われてみれば納得ではある。
人間に成りすまして人間の王国の首都に潜伏する以上、些細な違和感も与えないように気をつけなければならないし、味方のバックアップを受けることも一苦労だから複雑な道具は使いにくい。
そして何よりも、地上の人間の殺人鬼の犯行に偽装しなければならない必要上、凶器はありふれた構造の武器でなければならなかったのだ。
「……まず、夜の切り裂き魔はミスリル製の刃物を体の内部に仕込み、卓越した運動能力でそれを振るう戦い方に徹していましたね……」
では、潜入特化の軽装仕様ではない人形とは何なのか。
奴らは中立都市でも潜伏を余儀なくされていたが、潜伏の難易度は夜の切り裂き魔よりも格段に低かったはずだ。
生身の人間であるアルジャーノンの協力を取り付け、奴を窓口として偽装工作をしながら、人間の居住区に引きこもっておくことができたのだから。
結果、中立都市に潜伏していた人形は、夜の切り裂き魔を越える性能を保有していた。
「……次に、中立都市の人形達は信じられないほどに高度な武器を内蔵していましたね。まるで魔獣スコルのような熱線を放つ機巧を始めとして、個体ごとに独自の武装も搭載していたようでした……」
では第三階層のアガート・ラムの戦力もこの水準なのか?
いや――答えは否だ。
恐らく奴らは、中立都市で交戦した戦力を凌駕する力を秘めている。
そう考えるだけの根拠を、俺はサクラを通して手にしていた。




