第597話 場違いなディナータイム
――とある日の夜。
その日も普段と変わりなく仕事を済ませた俺は、ガーネットを連れて今日の夕食をどこで食べるかを考えながら、夕暮れのグリーンホロウをのんびりと歩いていた。
サクラはここ最近ちょっとした依頼で立て込んでいて、前に交わした相談の約束はまだ果たされていない。
とはいえ急ぎの用事というわけでもなく、本人も焦っている様子はなかったので、約束を果たすのはあちらの手が空き次第で問題ないだろう。
そんなことを考えながら、たまには行ったことのない店にでも入ろうかと話し合っていると、冒険者と旅行者で賑わう雑踏の片隅で、意外な相手にばったりと出くわした。
「おや、ルーク卿じゃないか。こんなところで奇遇だね」
「セオドア卿」
ドラゴンスレイヤー、セオドア・ビューフォート。
グリーンホロウ・タウンを拠点とするAランク冒険者の一人にして、大陸北方の国境付近を領地とする辺境伯家の跡取り息子。
この町を拠点としている以上は顔を合わせてもおかしくない……と言うには色々と立場が特殊であり、一般向けの店舗が並ぶこんな場所で見かけるのは、正直に言って珍しい相手である。
ガーネットが「げっ」と短く声を漏らし、さり気なく俺の後ろに身を隠す。
傍から見れば邪魔をしないように身を引いたように思えたかもしれないが、実際は正体がバレるのではないかという危機感からの行動だ。
大陸北方の防衛を担うビューフォート家と、上級騎士団の一画を担うアージェンティア家は、どちらも名家であるために社交の場でも関わりがある間柄とのことだ。
なので先代当主の娘であるアルマ、つまり性別を偽っていないガーネットもまた、社交の一環としてビューフォート家と顔を合わせたことがある。
正直、俺はセオドアがアルマのことを覚えているとは思えないのだが、念には念を入れてあまり顔を合わせないようにしているらしい。
そして幸運なことに、セオドアの方は俺ばかりに関心を向けていて、ガーネットのことは『いつも引き連れている部下』としか認識していないようであった。
「珍しいですね、こんなところでお会いするなんて。マリア女史はご一緒じゃないんですか?」
「次の探索に向けた物資調達をちょっとね。マリアはそこの店で価格交渉中だよ。普段の調達は任せきりなんだけど、さすがにここから先は正念場だから、僕自身の目で品定めをしておきたくってさ」
セオドアは重要な部分をきちんとぼかして、俺にだけは本当の意味合いが伝わるようにしながら、何ということはない素振りで雑談を持ちかけてきた。
ここから先――それは即ち、魔王軍との協調を前提とした『元素の方舟』の探索再開である。
「もちろんホワイトウルフ商店にも発注を掛けるつもりなんだが……そうだね、もしもまだ夕食を取っていないなら、ご一緒にどうかな。もちろんお代はこちらが持たせてもらうよ」
取引相手を接待に誘うかのような口振りだが、明らかに今後の探索について……ひいてはアガート・ラムとの対決についての話をしたがっている。
そういうことなら断る理由はどこにもなく、ガーネットもそれで構わないとアイコンタクトを送ってきた。
むしろアガート・ラムの話題が出てくるというなら、是が非でも同席したいと思っているに違いない。
「ありがとうございます。それでは御言葉に甘えさせていただこうかと……」
セオドアに連れられて向かった先は、グリーンホロウでも指折りの高級料理店であった。
一般人はおろか普通の冒険者も立ち寄らないような高級店で、昔は温泉に訪れた貴族や上流階級が訪れるような店であり、俺なんかには長らく縁がなかった店である。
内装が豪華絢爛であるというのみならず、土地の使い方も非常に贅沢だ。
普通なら六つくらいのテーブルが詰め込まれていそうなスペースに、俺とガーネット、そしてセオドアの三人だけが座ったテーブルが一つだけ置かれている。
……正直な話、居心地はあまりよくなかった。
何というか、自分がこの場にいること自体が不釣り合いというか、あまりにも似合っていないのではないかと思えて仕方がないのだ。
「白狼の。テメーも騎士団長で領地持ちなんだから、こういう場所にも慣れとけよ? いちいちビビってたら何にもできねぇぜ」
隣に座ったガーネットがにやりと笑みを浮かべてくる。
確かにガーネットの言う通りではある。
これからのことを考えれば、こういった雰囲気の店にも慣れておいた方がいいはずだ。
そうでなければ、一緒に訪れることになるであろう相手にも迷惑を掛けてしまうだろう。
「まずは食事を済ませるとしようか。空腹だと大事な話に集中できないだろうからね」
セオドアの合図で従業員が料理を運んでくる。
見るからに量よりも質を重視した高級志向の料理だ。
いつも世話になっている春の若葉亭の料理とは分野が違う。
春の若葉亭はグリーンホロウ・タウンで最大クラスの宿ではあるが、メインターゲットは訪問者の大多数を占める一般層であり、宿と料理の質はいわば『庶民的と呼ばれる範囲での最高峰』といえる。
もちろん俺を始めとする普通の冒険者にとっては、そういう宿こそが最も理想的である。
しかし、この店はそういった層を完全に無視している。
経営戦略としては間違いなく妥当であるが、今の俺のように期せずして訪れてしまった者としては、なかなかに強烈な場違い感を与えられてしまう。
とにかく俺は付け焼き刃のテーブルマナーを思い出し、何とか食事を切り抜けることにしたのだった。




